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1-3.視線 [峠◇第1部]

 翌日、彼は朝食を済ますと、集落のほうへ歩いて出かけることにした。
玉林寺から、西の山沿いに玉付崎まで「西の地」の集落を抜ける道が続いていた。町からバスで1時間の距離にも関わらず、この村は過疎となりつつあり、集落の中には随分と無人の家屋が目立つ。中には茅葺きだった様に思える古い家屋もあり、何十年も前から廃屋となっているようであった。

四方橋に出る道との三叉路に近づいたところで、1台の車が追い越してきた。この村には不似合いな外車には若い娘と老紳士らしき二人が乗っているようで、追い抜きざまに、運転している娘と目があった。見慣れぬ男がふらふらしているのが気に障ったのか、きっと睨み付けるような視線を投げつけてきたように、彼には見えた。

三叉路を左に曲がり、四方橋に出た彼は、橋の真ん中まで来ると、ぐるっと、村を見回してみた。
丁度、ここから見ると、北側が山、南側に海があり、橋は山と海をつなぐ川の真ん中にあるのが良くわかった。この村だけでこの世のすべてのものを凝縮し完結しているようで、確かに、よそ者は嫌われるようだと感じた。

四方橋を渡り、東方に入ったところに、小さなたばこ屋があった。
道に面した壁には、自動販売機が一台あり、横には昔ながらのたばこの陳列ケースが設えてある座敷が見えた。座敷には老婆が一人座っていた。たばこを買うついでに少し話しを訊きたくて彼は声を掛けた。
「おはようございます。ホープ一箱ください。」
「そこの自販機で買うてくれんかのう。ここにはたばこは置いとらんので。小銭がないんなら両替はしますから。」
 見知らぬ客に少し怪訝そうな声でうつむいたまま、老婆は応えた。
「あ、そうですか。」
なんだか、声を掛けた方が悪かったように思えて、そのままホープ一箱だけ買ってそこを離れようとした時、その老婆が問いかけた。
「あんた、この村に何しにきたのかね。」
「少し興味のある事がありまして。あ、僕は福谷と言います。職業は一応フリーライターということになっていますが、、、、」
「物書きさんかな。そうじゃ、もうじきこの村の祭りじゃからのう。全くけったいな祭りじゃからそれを書いたらええ。」
「どんな祭りなんですか。」
「いやあ、祭りはそう珍しくないんじゃが、終いの儀式と言うとる玉の川の騒ぎが面白いんじゃ。」
老婆はゆっくりと思い出すように話してくれた。

この村の祭りは9月の末。玉祖神社の奉納祭りで、朝から村の青年が玉を乗せた御輿と鐘と大笊を持って、上・東・下・西と回って賽銭を集めてから、神社に帰り神主の詔で幕を閉じる。
終いの儀式とは、その後、青年達が四方橋まで駆けてゆき、褌一丁で大声を出しながら川に飛び込むと言うものだった。一番に飛び込んだ青年の集落から村の総代を選ぶのが習慣となっている。褌姿が面白く、村人はもちろん町からも見物人がくるほどというものだった。

「まあ、近頃は若者も少なくなって褌姿になるのが嫌だとかで、ここ数年はさびしいもんじゃがのう。」
 ここまで訊くと返す言葉がなくて、
「どうもありがとうございました。少し村の中をぶらぶらしてみます。それじゃ。」
 そう言うと山手の方へ坂道を上ってみた。
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