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1-4.怜子 [峠◇第1部]

 ここらには大きな家が目立ち、若者らしい車などもあって勤め人も多そうだった。たばこ屋の前から山に向かって坂道が続いていて、行き着いた先に薬師堂が立っていた。
薬師堂より山手が上、海側が東方となっている様だった。

その脇を抜け、角を曲がったところで急に視界が開け、その先に玉付岬が見えた。岬まではかなり距離はあったが、緩やかな下り坂なので、一息に歩いてみることにした。道の両側には、段々畑が広がっていて、殆どがミカンを作っているようだった。

 岬といっても、十メートルくらいの高さの断崖で、先端には船の航路案内の簡易灯台がある位だった。ただ、振り返ると集落が見え、思いを残しながら自殺するには打ってつけの場所でもあり、昨夜住職から訊いた話しが、妙に真実味を帯びて感じられた。
 断崖の下を覗くと、山から崩れ落ちた岩がごろごろしていた。ここから落ちるとどうなるだろうなどと考えていたところで、いきなり、後ろから声を掛けられた。
「落ちますよ。」
 振り返ったところに、一人の女性が立っていた。
 白いTシャツにスリムのジーンズ姿で、まっすぐに彼の方に向いていた。
「びっくりしたなあ。」
「あなたはさっき四方橋のところにいた方ね。」
「あ、はい。福谷と言います。この村には昨日から来ていまして。」
「何をしていらっしゃるの?。」
返事に困っていると、
「私は、怜子。私の家は、あそこよ。」
彼女が指さした先は漁港のはずれにある水産会社だった。
「というと、玉水水産のお嬢さんですか。」
「お嬢さんなんて変な感じ。確かに父は社長をやってるけれど、あれは会社なんてものじゃないわ。港の余りものを集めて少し手を加えては高く売りつける、詐欺師みたいなものよ。」
彼女は父の仕事を余り快く思っていないようだった。
「この村には観光なんて気の利いた名所もないし、どこかのご親戚の方と言う感じでもないし。何をしにいらっしゃったの?」
「僕はフリーのライターで、自分の興味に任せてあちこち旅しては記事にしているんです。実は今、神社に興味があって、この村にある玉祖神社の由来を書かこうかと思っているんです。」
「そんなもの書いて、だれか読んでくれるの。」
「そこそこ、売れるものにはなると思っているんだけどね。」
「へー」
「君は?。」
「父の運転手。今日は週1回の通院のタクシー代わり。高校を卒業してからずっと同じ調子。近頃は毎日のように運転手をさせられてもううんざり。おまけに、今日なんか行きも帰りもずっと縁談の話しばかり。どうしても会社を継がせさせたくて会社の連中や村の青年団の連中の名前を挙げては、あいつはどうだ、こいつはどうだなんて。それでむしゃくしゃしていたから、ここに来たというわけ。」

 彼女のうちからここまでは漁港を抜けて海岸づたいにまっすぐこれる場所で気分転換には丁度よいところらしかった。しばらく、海風を浴びながら光る海を眺めていた。岬から外洋に出ていく漁船が数隻見えた他は少しも変わらぬ景色に溶けていく感じを味わっていた。
「そろそろ帰らなくっちゃ。お昼の用意をしないとまたお説教だわ。」
「もうそんな時間か。ひとつ教えて欲しいんだけど、この村に食堂はあるかい。」
「そんなものないわよ。漁協の横ににしきやっていう食料品店があるからそこでなにか買ったら?。朝晩には市場の食堂はやってるけど、よそ者は無理ね。」
「ありがとう。」
「一つ忠告しておくわ。余り村の中をうろうろすると怪しい人と思われるわよ。この村の人は、よそ者をすごく嫌うから。」
「注意するよ。」
「あなた、どこに泊まっているの?」
「玉林寺だけど。」
「いつまでいるつもり。」
「しばらく、、かな。面白い祭りがあると訊いたから、それくらいまでの予定だけど。」
「そう・・・・・。」
彼女は何か考えてから、
「それじゃ。」
といって海岸沿いに帰っていった。

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