1-5.「にしきや」の女主人 [峠◇第1部]
彼も少し遅れて海岸に降りて堤防道路に沿って歩いていった。
さっき彼女から訊いた「にしきや」に行き、昼食になるものを買い求めるつもりだった。
堤防沿いの道は漁港の作業場につながっていて、丁度、漁に出かける人が準備をしているようだった。
見知らぬ男が入ってきたことなどあまり関係ないように忙しく動き回っていた。
漁港を抜けると道は二手に分かれていて、右手には峠に続くバス道路で、左手が彼女の家-水産会社に向かう道であった。
彼は右に曲がりバス道路のやや上り坂を進んだ。
坂の途中に漁協の建物が見えた。昼食の時間らしく職員の姿は見えなかった。その隣に食料品店はあった。
「にしきや」の看板よりも酒造メーカーやパンメーカーの看板の方が大きい外観で、店先の半分くらいが自動販売機で埋まっていた。この店の隣が定期バスの終点・回転場になっているせいか、店の売り上げよりも自動販売機の方が儲かるような感じだった。
店の中に入るといきなり大きな声で「いらっしゃい。」と声を掛けられた。
そこには、太った女店主がいた。見たところ、50代。時代遅れのパーマ髪に、濃い化粧、しっかり書かれた眉と赤いルージュ。酒屋の前掛けをつけ、レジ台の奥で椅子に座ってこちらを見ている。
「お客さん、初めてみる顔だね。どこから来たの。」
店主はぶしつけに訪ねた。
「昨日、ここには来ました。福谷といいます。」
「で、何しにきたのかね。たいして面白い村でもないはずだけど。」
「先ほど、四方橋の近くのたばこ屋のおばあちゃんから、祭りの話を聞きました。何でも終いの儀式とかある様で、一度見てみたいと思っています。」
「ああ、あの祭りの事かね。あんた、刑事さん?・・・でもなさそうね。」
「刑事って、・・祭りの時に何か事件でもあったんですか?」
「いや、最近はほとんど終いの儀式とやらは廃れているからね。あの事件の事でもまた調べに来たのかと思ったんだよ。」
店主の話では、30年ほど前にその事件は起こったということだった。
例年の様に、祭りが終わり、若者衆が神社から四方橋の袂まで駆けてきて、川に飛び込む「終いの儀式」が始まった。
その年の祭りの前日は豪雨で、通常より水流も強く危ないからと飛び込むのを躊躇う者が多かったが、四人の若者は飛び込んだ。
そのうち三人は無事に浮き上がってきたが、一人が流れに飲み込まれて行方不明となったのだった。
二日後の夕方、漁港から出た船が、その男の遺体をはるか海上で発見したのだった。流れに巻かれて溺れ死んだのならば、体中が痣だらけで、見るに耐えない姿になっているはずだが、その男はほとんど水を飲んでいなかった。警察でも、現場検証や事情聴取など行ったが、結局、見物人の証言や状況、男が大量に酒を飲んでいたという点から「溺死事故」とされたという事だった。
「すこししゃべり過ぎたようだね。お客さん、何買うのかい。忙しいんだから早く買ってってよ。」
店主は急に追い払うような態度となった。
出入り口付近に、初老の男が立っていて、彼の方を睨み付けていた。
彼はパンと缶コーヒーを買うと早々に店をでた。
さっき彼女から訊いた「にしきや」に行き、昼食になるものを買い求めるつもりだった。
堤防沿いの道は漁港の作業場につながっていて、丁度、漁に出かける人が準備をしているようだった。
見知らぬ男が入ってきたことなどあまり関係ないように忙しく動き回っていた。
漁港を抜けると道は二手に分かれていて、右手には峠に続くバス道路で、左手が彼女の家-水産会社に向かう道であった。
彼は右に曲がりバス道路のやや上り坂を進んだ。
坂の途中に漁協の建物が見えた。昼食の時間らしく職員の姿は見えなかった。その隣に食料品店はあった。
「にしきや」の看板よりも酒造メーカーやパンメーカーの看板の方が大きい外観で、店先の半分くらいが自動販売機で埋まっていた。この店の隣が定期バスの終点・回転場になっているせいか、店の売り上げよりも自動販売機の方が儲かるような感じだった。
店の中に入るといきなり大きな声で「いらっしゃい。」と声を掛けられた。
そこには、太った女店主がいた。見たところ、50代。時代遅れのパーマ髪に、濃い化粧、しっかり書かれた眉と赤いルージュ。酒屋の前掛けをつけ、レジ台の奥で椅子に座ってこちらを見ている。
「お客さん、初めてみる顔だね。どこから来たの。」
店主はぶしつけに訪ねた。
「昨日、ここには来ました。福谷といいます。」
「で、何しにきたのかね。たいして面白い村でもないはずだけど。」
「先ほど、四方橋の近くのたばこ屋のおばあちゃんから、祭りの話を聞きました。何でも終いの儀式とかある様で、一度見てみたいと思っています。」
「ああ、あの祭りの事かね。あんた、刑事さん?・・・でもなさそうね。」
「刑事って、・・祭りの時に何か事件でもあったんですか?」
「いや、最近はほとんど終いの儀式とやらは廃れているからね。あの事件の事でもまた調べに来たのかと思ったんだよ。」
店主の話では、30年ほど前にその事件は起こったということだった。
例年の様に、祭りが終わり、若者衆が神社から四方橋の袂まで駆けてきて、川に飛び込む「終いの儀式」が始まった。
その年の祭りの前日は豪雨で、通常より水流も強く危ないからと飛び込むのを躊躇う者が多かったが、四人の若者は飛び込んだ。
そのうち三人は無事に浮き上がってきたが、一人が流れに飲み込まれて行方不明となったのだった。
二日後の夕方、漁港から出た船が、その男の遺体をはるか海上で発見したのだった。流れに巻かれて溺れ死んだのならば、体中が痣だらけで、見るに耐えない姿になっているはずだが、その男はほとんど水を飲んでいなかった。警察でも、現場検証や事情聴取など行ったが、結局、見物人の証言や状況、男が大量に酒を飲んでいたという点から「溺死事故」とされたという事だった。
「すこししゃべり過ぎたようだね。お客さん、何買うのかい。忙しいんだから早く買ってってよ。」
店主は急に追い払うような態度となった。
出入り口付近に、初老の男が立っていて、彼の方を睨み付けていた。
彼はパンと缶コーヒーを買うと早々に店をでた。
2009-09-09 07:28
nice!(2)
コメント(0)
トラックバック(0)
コメント 0