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1-7.親父さん [峠◇第1部]

昭の車は回転場から左に出て、にしきやの前を通り漁港に出た。三叉路を右に折れて海岸通りを走った。左手前方に水産会社が見えてきた。どうやら、目的地はそこらしかった。
防波堤の切れ目に水産会社へ降りる道があった。
水産会社は午後の出荷のためらしく、倉庫の前には大型トラックが数台止まっていた。昭の車は水産会社の脇の小道を通り裏の空き地に止まった。

「さあ、着いたぞ。ここはこの村の元締め、玉水水産。ここの社長は、この村のことなら良く知ってるからいろいろ訊くといい。」
 そう言って昭は事務所の中に入っていった。

 事務所には、運転手風の男が一人、ソファに横になっていた。
「こんちは。親父いる?」
 昭は、男に訊いた。
「昭か。懲りもせず、良く来るなあ。・・社長は今、浜だよ。」
 昭は、男の返事などどうでもいいという感じで、きょろきょろしていた。
その様子を見て、男は、
「お嬢さんなら、2階の部屋。どうでもいいけど、いい加減諦めたほうがいいぞ。しつこいと返って嫌われるだけだぞ。」
「いや、俺は社長を・・」
 と言い掛けたとき、後ろから声がした。
「こら、昭。また来とるのか。」
 事務所の扉のところに、大柄でがっしりした体格の、一見して「親分」と読んだ方がいいような風体の男が立っていた。
「親父さん、今日はお客を連れて来たんだよ。ほれ。」
 昭は幸一に顎で合図した。
「あ、僕は福谷です。フリーライターで、今、この村のことを記事にしようかと思っていろいろお話を伺っていて・・」
「ほーお。それで。」
「バス停で玉穂さんとお会いして、それなら、村のことを良く知っている人にあわせてくれると言うことになって・・・」
「親父さんなら、いろいろ知ってるだろ。それにこの村の宣伝にもなるし、そうなれば、この会社だってさあ・・。」
 社長の風体がやや強面であったし、何しろ、急な展開で彼もどぎまぎして説明も要領を得なかった。
 そんなやりとりをしていると、2階から足音がして、「お嬢さん」が現れた。
 岬で出会った時とは違い、ピンク色のワンピース姿で、ややうつむいた表情で「お嬢様」という言葉がしっくりする感じだった。
「どうしたの。」
 そう小さな声で言ったところも、別人の様であった。
「おお、怜子。もう具合はいいのか。」
「ええ、楽になったわ。」
「どこか具合が悪かったのか?」
 昭がやや大げさに尋ねた。
「お前らみたいな馬鹿が多いから、頭が痛いんじゃと。」
 社長の言葉から、娘のことが眼の中に入れても痛くないほどかわいいという事が伝わってきた。
「あら。あなたは。」
「やあ、先ほどはどうも。」
「何じゃ、知っとるのか。」
「ええ、さっき岬に行ったときに見かけたんです。落ちそうなくらいに海を覗き込んでいらっしゃったから。」

 そこまで訊いて、急に社長が不機嫌になった。
「さあ、忙しいから帰れ、帰れ。お前達のくだらないことにつきあってる暇はない。おい、史郎、入荷はどうなっとる。」
 急に社長に言われて、ソファに横になっていた男はびっくりして、事務所から飛び出していった。
「それじゃ。」
 社長の急な変貌に驚き、こちらも挨拶もそこそこに事務所を出た。

 車に乗り込みながら、昭は、独り言のように、
「おかしいなあ、いつも暇にしていてさあ。俺が行くと1日中、どこで儲かっただとか、あそこの未亡人はどうのだとか、くだらない話しで時間をつぶしてるのが。やっぱり、よそ者が嫌いなのかな。」
と言った。
「君は、あの、怜子さんが好きなのかい。」
「いや、一時は嫁さんにやってもいいって親父、ああ、社長も言ってたし、車好きなんで時々ドライブなんかにも誘ったりしたんだけどな。最近はなんか避けられてるみたいでさ。」
「ふーん。」
「お前に一言だけ言っとくぞ。怜子には手を出すな。なんかあったらコロスぞ。なんてね・・・・。」
「大丈夫だよ。そんな事が目的でここに来た訳じゃないから。」

 さっき出会った回転場まで戻って、彼は車を降りた。昭は別れ際にこう教えてくれた。
「何にもない村だけどな。夜の十時過ぎに漁港の横にある市場に来てみなよ。酒くらい飲ませてやるからさ。」

 青年と分かれてから、彼は青年が妙に親しくしてくれたことがこれまでに無く嬉しくて、なんだか不思議な気分だった。そんな気分のまま、一旦、寺に戻ることにした。

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