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2-2.ケンの喫茶店 [峠◇第1部]

 「ありがとう。助かったよ。あの駐在、よそ者だからって悪人を見る目つきで、困っていたんだ。」
 彼女は何も言わず、運転を続けた。

 4度ほど急カーブを回ると、昨日住職が行ったという香林寺が見えてきた。
 幼稚園も経営しているらしく、寺の横にはピンク色に塗られた鉄筋の建物が立っていた。寺を過ぎたところあたりから、町並みらしくなっていて、団地やショッピングセンターも見えた。
 峠を越えてまだ10分そこそこだが、全く別世界に来たような錯覚に陥った。

 彼女はようやく口を開いた。
 「おなかが空いたわね。どこかで食事でもしましょう。」
 2車線の県道をしばらく走ると、自衛隊の基地があり、そのゲートの角に喫茶店があった。
 「ここにしましょう。」

 店の中に入ると、大きな木製のテーブルと椅子があり、壁にはコーラの大きなポスターが張り付けられていて、タバコの煙が漂っていた。

 「よう、怜子。久しぶりだな。」
 カウンター越しに、茶髪、いや、赤い髪をした男が声を掛けた。
 「この店にくるなんて珍しいじゃないか。」
 怜子は返事もせず、店の一番奥の席に座って、手招きをしてみせた。
 「こっち。気にしないでいいわ。」
 彼はどういうふうに聞けばいいか迷っていたら、彼女から話しだした。
 「この店は、戦後にアメリカ軍がいたころからあって、未だにそのままの風体なの。持ち主は、にしきやの主なんだけど、ほとんど儲かってないの。あいつが店の切り盛りをしているんだからしょうがないけどね。あいつは私の同級生で、中学校まで一緒。そうとう悪いことをやっていたらしいの。ケンって呼んでるわ。」

二人はランチを頼んだ。
 福谷はタバコに火を点け、ふと彼女の顔を見た。
 これで3回目の出会いとなるが、まじまじと彼女の顔を見たのは初めてだった。
 二重の眼にきりっとした眉、色白で細面、あの村には不似合いなほど美しい容姿である。
 
 「さっきはありがとう。今日はお父さんのお相手はいいのかい?」
 「父は今日、隣町の水産会社に漁協の組合長と一緒に出かけたわ。たぶん夜遅くまで帰っては来ないから、自由な身というわけ。」
 「どこかに出かける用事でも?」
 「いいえ、家にいても暇だから、ドライブでもと出てきたの。」
 「ふーん。」
 「ねえ、あなたは本当は何をしにあの村にきたの?」
 「いや、それは。昨日行ったように、本の取材で、立ち寄ったんだけど。」
 「それは嘘ね。第一、お寺や神社の本なんか、読む人なんかいないはずだし。それに、あなたは本を書くような感じの人ではないわ。ねえ、本当に何が目的?本当のことを言わないと、父に言ってあの村から追い出すわよ。」
 なんだか妙な雲行きになってきた。
 福谷も、邪魔されるのはごめんだし、この娘になら話してもいいかと決めた様子だった。

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