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2-5.怜子の秘密 [峠◇第1部]

「ここから見ると、私の世界はほんとに小さいなあって思うわ。峠を境に別の世界があるようで。」
「君はあの村が嫌いかい。」
 彼女はすぐには返事をしなかった。
 何かに躊躇い、言い放すように
「私は、あの村の人間じゃないわ。」

 幸一は面食らった。
「どういうことだい。」
「私は、養女なの。父は一度も結婚しなかったの。でも、子どもはどうしても欲しかったらしくて、私が養女に来たの。」
「それはいつのことだい。」
「私が生まれてすぐ。このことを知ったのは一二歳の時。小さい頃から母がいないのは病気で死んだからだと教えられてきたんだけど、母の写真が一枚もなくて、父に食い下がって尋ねたら、養女だと教えられたわけ。でも、それ以上はわからなくて。」
「どこで生まれたとも?」
「そう、養女にする条件で、生まれたところや本当の親を明かさない事、養女にしたことさえも秘密にすること何だそうで、それ以上を教えるわけにはいかんと突っぱねられたの。」
「随分、悲しかったんじゃないのかい。」
「そうね、でも、何となく自分はもらわれてきたんじゃないかって考えていたとこあったから、それほどでもなかったし、私自身、恵まれていると思ったから、父を恨むような事もなかったわ。いえ、むしろ感謝してるわ。」

「それで、僕に興味がある訳か。」
「そう、まるで自分探しをするのが、私の境遇に似ているから。」
 そこまで言うと、彼女はさらに身を寄せてきて、
「でもね、それだけじゃないみたい。一緒にいるとなんだか落ち着くの。父とは違った何かを感じるから。」
怜子の頬が少し赤らんでいるようだった。
幸一は困惑していたが、平然とした顔をして、展望台からの風景を眺めていた。

 二人はその後、村に着くまではほとんど無言であった。
何かを言葉にすることが、お互いの関係を一層深くする様で、何も言えなかった。

 彼は村の峠まで来ると車を止めた。
「ここで降りるよ。玉置神社にも寄りたいし、村に人に見られるのも・・・」
 
彼女は返事のかわりに、
「今夜、市場に来てね。」
 そういうと、運転席に移って、車を走らせていった。
 デートの約束の様な一言だったが、昨日、昭からも同じ言葉を聞いたことを思いだし、何か暗号の様に思えた。

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