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2-6.市場の夜 [峠◇第1部]

 その日、夕食を終えたところで、住職がこう切り出した。
「今夜は、帰りが遅くなると思うから、先に休んで下され。」
「僕も、今夜は、市場に行くことにしていまして。」
「ほう、市場にね。」
「えーと、玉穂家の昭さんが、来てみればと誘ってくれていたので。」
「そうかそうか。それも良かろう。何もない村じゃが、夜の市場はきっとまた面白い話しも聞けよう。それなら、帰りは午前様になるのう。まあよかろうて。」

 午後9時を回ったくらいで、市場に出かけてみることにした。
夜道ではあるが、川のせせらぎも聞こえ、夜風に当たりながらのんびり歩いていくのもいいものだと思いながら出かけることにした。
 市場が見えるところまで来たところで、怜子に出くわした。家から走ってきたのだろうか、少し息が弾んでいる。
「さあ、行きましょう。あなたの姿が見えたので走って出てきたの。」
「大丈夫なのかい?」
「入ればわかるわよ。」

市場には、煌煌と灯りが点いていて、数人の若者が談笑しているようだった。二人が近づいたのに気づいたのか、中の一人が声をかけた。
「よう、怜子。今夜は同伴出勤か?」
市場には、テーブルと椅子があって、10人ほどが座れるようになっていた。
角の方には、小さな冷蔵庫と食器棚があった。怜子は、入るなり、冷蔵庫を開けてビールを取り出し、幸一にすすめた。
座っているメンバーを見て幸一は驚いた。この村に来てから出会ったほとんどの人がいたのである。庄屋の長男の昭、玉水水産でソファに寝っころがっていた営業部長の史郎、、駐在、ケン、他にも同い年くらいの数人がいたのである。どうやら、怜子はここのマドンナで、みんなの話を聞いたり、ふざけたりしながら酒を注いでいる。

「ライターさん。なんか面白いものは見つかったかい?」
祐介が少し意地悪そうに問い掛けた。返事に困っていたところを昭が畳み掛けるように、
「面白いことがあるのなら教えてくれよ。金になる話なら手伝うぜ。」
と茶化すように突っ込んだ。答えに困った様子を見かねて怜子が、
「あまり突っ込まないの。それより、みんなを紹介するわ。彼は福谷幸一さん。自称フリーライターと言ってるけど、素性不明。危険人物!近づかないほうが身のためかもね!」
「よろしく」幸一は頭を下げた。
「えーと、昭は知ってるわね。それから・・」
「駐在さんとケンさん?史郎さんとは会社で。あとは・・」
「こっちが祐介。色白だけどみかん農家の息子、真面目に畑仕事してないからね」
「ひどいなあ。祐介です。よろしく。」
白いポロシャツにスラックスを履いて、一人だけ余所行きと言う感じだが、好青年を絵に描いたような人物だった。

「それからこっちは、和夫。にしきやの息子。ほとんど閉じこもり状態。部屋に行くと笑えるわよ。」
「和夫です。」
背が低く黒縁メガネで大人しそうだった。何が笑えるのか、風体からも想像がついた。

「それから、こっちは啓二。半人前の漁師。男は黙っていた方がいいって1年くらい声を聞いたことがない。」
いすの上に胡坐をかいて、いかにもという風体で、ちらっと視線をよこしたが、何も言わずコップ酒を飲んでいる。
あと何人か紹介されたが覚え切れなかった。

「ねえ、今年の祭りはどうするの?」
と怜子の一言に一同沈黙した。
そのうち、「やるしかなかろ」と誰かが言ったが、その後が続かない。どうも嫌々ながらという感じだった。そのうち、駐在が、
「あ・あの・・・怜子さんから親父さんに言ってくれないかな?あ・あの・・褌姿だけはやめませんかって」
怜子はけらけら笑いながら
「どうして?褌姿じゃないならよした方がいいわ。・・・」
その後は、もう酒宴の盛り上がりの中、何を話したか何を聞いたのか分からない状態だった。
日付が変わる時刻に近づき、ぽつりぽつりと帰っていった。
幸一も席を立とうとしたとき、昭が送ってやるといって車を取りに立った。飲酒運転になるからと断ったが、夜道だし駐在も今帰ったばかりだからと、気に掛けない様子だった。夜道を歩いて帰るのも不安があり、怜子も送ってもらえと勧めるので甘えることにした。
車の中で、昭が、「今日、怜子と一緒にいたらしいな。」と問いつめるように聞いてきた。
「ああ、朝方、上の集落で駐在に詰問されていたところに偶然だよ。助けてもらったお礼にとつきあっただけさ。」
「あそこの親父には気をつけろ。何をされるかわからんからな。困ったことがあったら相談にのってやるから。この村の奴らの中でも、酒場に集まる連中だけは信用できる。駐在も悪気があったわけじゃない。」
「不思議な感じだな。出逢ったばかりなのに、やけに親切で。大体あの酒場によそ者は入れないんじゃないのか。」
「お前なら、なんか、きっかけを作ってくれるんじゃないかと思うんだよ。」
「どういう事だ?」
「まあ、いいさ。なあ、明日の昼に、にしきやの前に来てくれないか。みんなにも声を掛けているから。そのときに詳しい話をするよ。」
車は、寺の前に着いた。住職はまだ帰ってはいない様子だった。
幸一は、さっきの昭の話の中に、何か深刻な問題があるように感じ、同時に、そのためにこの村の若者が相談していることは理解できた。しかし、肝心の事は分かず、もやもやした気分で、寝床にはいった。

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