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3-3.3日目の夜 [峠◇第1部]

幸一が玉林寺へ戻ったのはもう真夜中の事だった。まだ住職は起きていた。
「まだ起きていらしたんですか?」
「おお、ほら、玉穂家の通夜の準備やらで行っておったからからのう。顔を出すかと思ったが・・」
「いえ。僕はよそ者ですし、昼間、ご夫人から人殺しと言われたので、やはり・・・」
「そうか。そんな事があったんか。」
「ええ、ですからちょっと・・・」
「昭の母親、ああ、玉穂五月というんじゃが。若い時に、連れ合いを無くしたうえに、溺愛していた一人息子に先立たれたんじゃから無理はないじゃろう。普段は、師範とやらで気丈じゃからこそ、余計になあ。何とも痛々しいのお。」
「そうですか。お気持ちはわかりますが、・・・あの、昨日は送ってもらってきましたが、昭さんはそれほど酔ってはいなかったから、事故を起こすなんて今でも信じられないんです。それにあれくらいの川なら、溺死する事もないでしょう。なんだか不自然な感じがするんですが・・」
そういうと住職は少し強い口調に変わり、
「まあ、警察でも事故だといっとるわけだしな。やはり、飲酒運転はいかん。そういう意味では、やはりお前さんが殺したと言われても仕方ないかな。ところで、何か収穫はあったかな」
住職が尋ねた。
「いえ、特には。あんな事故があったわけでなかなか話を伺うのもできなくて。」
「そうじゃろうのう。」
「ところで、祐介・・いえ、玉城家のみかん畑はどこにあるんですか?」
「みかん畑?ああ、薬師堂から東方へ向かう途中の分かれ道を山際へ登ったところじゃが・・」
「そんなところに道があったかな・・」
「何か約束かな?」
「いえ、そこからの眺めがいいって、怜子さんから聞いたので、ちょっと行ってみようかと・・」
「そうかそうか。たぶん、昼間は、祐介もいるじゃろう。あいつは根っからの真面目でなあ。ほとんど畑にいるからのう。あいつの親父さんはもっと真面目じゃよ。みかん成金とかみかん御殿とか言われておるが、この村にみかんを持ち込んだのも親父さんだし、今でも、誰よりも旨いみかんを作っておる。祐介は親父さんの背中を見て育ったからのう。」
「そうですね。市場でもそう思いました。優等生と言うか、まっすぐと言うか・・・祐介さんのお母さんは?」
「ああ、健在じゃよ。ほとんど家から出ないらしいのう。もともとあまり丈夫なほうではないようで、畑仕事はやらんようじゃ。」
「この村の人なんでしょうか?」
「いや、町から嫁に来たんじゃそうな。怜子が毎日のように出入りしておるから聞いてみればええ。」
「そういえば、怜子さんは養子だと聞いたんですが・・」
「ほお。そんな話をお前さんにしたのか。」
「知ってらしたんですか?」
「ああ、村のものは皆知っとるじゃろう。口にはせんがの。本人もあまり苦にはしておらんようじゃし、親子仲も良いし、何より剛一郎は本当の娘以上に大事に育てたんじゃろう。まっすぐに明るい娘になっておるからのう。それにしてもまだ出会ってすぐというのにそんな話をするとはのう・・」
幸一は住職の言葉から二人の仲をかんぐるような気配を感じたので、やむなく、
「実は、私自身も、本当の親を見つけたくてあちこち旅して調べていて、その話を怜子さんにしたんで、養子の話をしてくれたんですよ。」
「ほう、いや、ここに来た時から気にはなっていたんじゃが、お前さんの目的がそんな事とは。じゃが、この村にはそういう人間はおらんのじゃないかのう。狭い村じゃから、里子にでも出せばすぐにわかるはずじゃし。さあさあ、遅くなったからもう寝るとしよう。おやすみ。」そういうと住職は部屋に入っていってしまった。

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