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3-5.祐介の事故 [峠◇第1部]

嫌な予感がした。
昭の事故があったばかりだが、胸騒ぎがして、谷の下へ続く細い道を降りていった。

谷へ続く道は、先ほどの倉庫からの道とは違っていた。
右手には、山からわずかに流れる沢水の音が聞こえる。ほとんど手入れがされていないと思われる鬱蒼とした森、みかん畑の土手も急勾配のためか、伸びきった夏草が覆うように茂っていて、全体が薄暗かった。
慌てて下ろうとしたが、とてもそうは行かない。それに、下るにしたがって、先ほどまで見えていたものさえどこなのかわからなくなる有様で、立ち止まり、草を分け、自分が向かう方向を確認しながら少しずつ降りていく難儀なものだった。

ようやく、近くまで来ると、みかんを運ぶ小さい荷台のついた運搬機が、伸びた萱むらの中で見事に横転していた。畑からこの崖を何度か回転しながら転げ落ちたと思われ、運搬機のいくつかの部品はひしゃげていたり、外れていたりしていた。祐介の姿が、運搬機の下敷きになっていた。

幸一は何度か呼びかけてはみたが、祐介はピクリとも動かなかった。
足元の悪い中で、運搬機を持ち上げようとしたが、自分ひとりではどうしようもなかった。
「祐介君、すぐに助けを呼び行くから、頑張れ!」と言い残し、幸一は、細い坂道を登り、さっきの倉庫に走って戻った。

息も切れ切れに、倉庫に戻ってみると、そこには、祐介の父と住職が立ち話をしているのが見えた。
祐介の事故の状況を話すと、祐介の父は血相を変えた。住職はすぐに救急に連絡をと、慌てて人家のほうへ走った。
祐介の父と幸一は現場に向かった。

祐介の父は、行く先をまっすぐ睨み付けながら、現場に着くまでの間、「馬鹿もんが。馬鹿もんが・・」と繰り返している。

二人は谷の下に着いた。
祐介の父は持っていた鎌で伸びた萱を刈りながら、足元をこしらえた。
よく見ると、草の中に伸びた古木の枝が支えになって、運搬機はかろうじて止まっている状態だった。
祐介の父は運搬機を少しだけ持ち上げ、祐介を引き出す隙間を作った。そこへ幸一が体を滑り込ませ、祐介の腕をつかんだ。祐介の腕はまだ温かい。がむしゃらに祐介を引き出した。

出血はないものの、何度呼びかけても返事はなかった。辛うじて呼吸はしているが、容態は悪かった。
「玉城さん、運び出すには、この谷沿いの道を降りていけばいいんですか?」
「いや、下に運んでも、結局倉庫のあたりまで戻ることになる。上に運び上げたほうがええ。」
「それじゃ、僕が背負いますから、急ぎましょう。」
狭い谷沿いの上り道を、二人がかりで、畑のあるところまで祐介を運んだ。
一刻を争う状態には違いなく、倉庫まで戻り、辺りにあった筵を引いて祐介を横たえた。依然として意識は戻らない。

住職はすぐに救急に連絡をしたらしいが、何しろ町からやってくる為、時間が掛かる。
祐介の父親は、じっと祐介の様子を見入ったまま、動こうとしなかった。
そのうち、祐介の母が怜子に伴われて、泣きながら倉庫にやってきた。
「祐介!祐介!」
何度呼びかけても反応はなかった。

20分ほどしてようやく救急車が到着した。担架に移され、母親とともに、町の病院へ向かった。
静かな村の中に、異様なほど大きく救急車のサイレンが響き渡った。

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