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3-7.怜子の家 [峠◇第1部]

 怜子は、家に着くなり、階段を上がって自分の部屋に飛び込んだ。そして、ベッドに突っ伏して泣いた。
 昭の死、祐介の事故。今まで何の悲しみも苦しみも抱え込まず生きてきたはずだった。
 こんな悲しい出来事が続くなんて信じられない事だった。そして、好意を抱いた幸一に対して、疑惑の心を持った自分が悲しかった。

 怜子は少し落ち着いてきたのは夕方近くになってだった。
 夕飯の準備をと思い直し、リビングに向かった。
 父 剛一郎が出かけようとしてた。
 「あら、お父さん、もう出かけるの?」
 「おお、怜子。さっき、玉城から連絡があったぞ。何でも、祐介は一命は取り留めたが、意識不明だそうだ。怜子に伝えてくれといっとった。葬式二つはかなわんぞ。」
 「病院はどこ?」
 「市民病院じゃないかのう?」
 「そう、お見舞いに行かなくちゃ。」
 「まだ意識が回復せんと何とも言えんそうじゃから、来ないでくれともいっとったぞ。それとな、家のこと、お願いしますと母親から。よくわからんが、お前は、まるで女中奉公しとるようじゃのう。」
 「そう。わかりました。」
 「少し早いが、昭の通夜じゃ。いろいろ手伝う事もあるじゃろう。お前はどうする?」
「ええ、後で顔を出します。」
「そうか。ちゃんと弔ってやらんとなあ」

怜子はひとつ確認しておきたい事があった。
「ねえ、お父さん、こんな事があったから、今年の祭りは中止よね?」
「はあ?お前が口出すことじゃない。皆で考えて決める事じゃ。行って来る。」
そういうと、そそくさと出かけていった。

父 剛一郎の祭りに対するこだわりは尋常ではなかった。
以前も、大きな台風が来て、漁船や漁港が大きな被害にあって、皆、意気消沈している中でも強行に祭りをやったことがあるし、死人が出た事故が起きた翌年にも、祭りをやったと聞いたこともある。
祭りの事となると、村をまとめる玉水家の大役だと言い張って、誰の意見も聞かなくなる。そのくせ、祭りの最中は酒も飲まず、ずっと沈んだ表情で楽しそうではない。何か、自分を罰するようなところを感じるくらい、怜子から見ても、不思議なこだわりだった。

少し遅れたが、怜子も昭の通夜に顔を出した。ケンや和夫、啓二、駐在の顔も見えた。
住職の読経が始まり、静かに通夜が営まれた。

通夜の式が終わり、皆、悲しみに打ちひしがれた表情だったが、怜子の顔を見ると、集まってきた。
そして、祐介の事故の顛末、今の容態の事等を口々に尋ねた。
案の定、皆、幸一への疑惑を持っていたが、怜子の説明に一応は納得した様子だった。

「例の件、どうする?」
和夫が不用意に口にした。
「しっ!今はダメ。」と怜子が小さく遮って、辺りを見回した。
ちょうど、通夜の席から離れの部屋に向かう、父 剛一郎と祐介の父の姿が目に入ってきた。
明日の葬儀の打ち合わせなのだろうか、他の列席者に、気づかれないようにそっと出て行くのが不自然にも思えた。
怜子は、しばらくして、父と祐介の父のいる部屋へ、お茶を持っていく事にした。
母屋の廊下から、離れの部屋へ、廊下を参間ほど来たところで、剛一郎と祐介の父との会話が聞こえてきた。
内緒話のような低い声で、ほとんど会話の中身はわからない。ただ、会話の最初の言葉だけが、聞こえてくる。
「復讐なんて・・・」とか「事故じゃ・・・」「次は誰が・・」とか、明らかに昭や祐介の事故とつながった話のように思われた。
廊下に怜子が居ることに気づいたのか、急に会話が止まり、
「誰かおるんか?」
と剛一郎の問いかける声がした。
「あ、私。お茶を持ってきたんだけど・・・」
「おお、そうか。」
剛一郎は何事もなかったかのように、障子を開けてお茶を受け取った。そして、
「用が済んだら、早よ帰れよ!」と言って、障子を閉めた。

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