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3-8,怜子のメモ [峠◇第1部]

8、怜子のメモ

幸一は、自分の目的は当分置いておこうと考えた。
いまは、昭や祐介の事故で村人とまともに会話をするのが難しい事は明白であった。それに、昭や祐介がやろうとしていた事が気がかりで、事故と無縁とは思えなかったからである。幸一は、やはり、村の事を一番知っている玉水水産へ行ってみる事にした。

しかし、昨日の怜子の言葉は今も胸の中で響いていて、何か切ない、割り切れない気持ちがこみあげてくる。

村の道をゆっくり港に向かって歩いた。
道通りにある家の先で、何人かと顔をあわしたが、皆、挨拶もせず、じっと幸一を睨み付けている。二つの事故の話はすでに村中の周知となっているようで、幸一は、犯人と疑われているのが肌身でわかった。

港の前で啓二を見つけた。漁に出る準備なのか、綱を持って船を引っ張っている。
啓二も幸一に気づいた様子だった。何か言いたげだったが、船が岸に着くとさっと乗り込んでいった。

玉水水産が見える通りに出たところで、幸一は躊躇した。
いきなり怜子が出てきたらどう挨拶してよいものか悩んだ。怜子だって同じ思いに違いない。
しばらく、防波堤の上で思案していると、玉水水産の玄関が開いて、怜子が出てきた。
「じゃあ・・・・行って来るね・・・・には戻る・・・」
途切れ途切れに声が聞こえる。
「くれぐれも・・・つけてな」
中から剛一郎の声も途切れ途切れに聞こえた。

怜子は、1日目に出くわした高級車に乗り込んでいる。どこかに出かけるところのようだった。
幸一は、とっさに防波堤の下へ身を隠した。別に、悪い事をしているわけではないが、今、顔をあわすのは気まずいと直感し、怜子の乗用車が通り過ぎるのを待った。ほどなく、横を通過した。

改めて、玉水水産へ出向く事にした。
「おはようございます。福谷です。社長さん、ご在宅ですか?」声はちょっと遠慮がちだった。
「なんじゃ!」
剛一郎の強い声が返ってきた。
続けざまに、
「まだおったんか!疫病神が!」
そういうと、奥からどかどかと歩いて出てくる音が響いた。
「社長!社長!僕が追い払いますから!」
声の主は、営業部長の史郎だった。剛一郎を制して、玄関を開けた。

「悪い事は言わん。もうここへは来るな。社長を怒らせたら取り返しがつかん。」
史郎はそう言いながら、幸一の肩を付いた。そして、目配せをしながら、メモ用紙を幸一に手渡した。
メモ用紙には、怜子の字で「例の件は、にしきや・和夫ちゃんに聞いてください。」と書かれていた。
「ほらほら、もう帰れ!これ以上この辺りにいたら、俺だって容赦しないぞ!」と言って玄関を閉めた。

「どういうことだろう。例の件って、昭くんや祐介くんのやろうとしていた事だと思うが・・・」
史郎の言うとおり、ここに長居すると余計面倒な事が起こりそうで、さっさと引き上げる事にした。
怜子はここに幸一が来る事をわかっていた。それでこうしたメモを用意した。ただ、今は、顔をあわす事は避けておこうという思いは伝わってきた。しかし、怜子のメモを見て、昨日の怜子の言葉を、それほどまでに気に病む必要のない事もわかり、幸一は一応安堵した。

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