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3-10.啓二 [峠◇第1部]

朝、港で啓二の姿を見かけた時の態度が気になって、幸一は再び、港に向かった。
港では、網の修理をしている漁師たちが数人いた。
幸一は、漁師たちに啓二の居場所を聞いてみた。
「あの、すみません。須藤啓二さんはどちらでしょう?」
漁師たちは、顔も上げず返事もせず、ただ、船のほうへ指差しをするばかり。

船が数隻着いている波止場に来たところで、老練の漁師がいた。
「あの、啓二さんはどちらでしょう?」
「あんた何者じゃ?」
「ああ、すみません。福谷と言います。ちょっと啓二さんと話がしたくて・・」
「名前を聞いとるんじゃない。何の目的でこの村に来たんかと聞いとるんじゃ。」
「いや、ちょっと調べたい事があるので・・」
「啓二に何を聞くのか知らんが、おかしな真似をしたらただじゃすまんぞ。」
「すみません。」
「啓二なら、3隻向こうのオンボロ舟にいるわい。」
「ありがとうございます。」
厳しい言葉だったが、まっすぐな言葉だった。

老練の漁師が言うとおり、港の中でも一際古い船に啓二はいた。
機関室の蓋を開けて、中を覗き込んだり、スパナを手に熱心に修理をしているように見えた。
「啓二さん、福谷です。」
声を掛けたが、啓二はこちらを見ようとはしなかった。
波止場の上から幸一は続けた。
「船の修理ですか?結構、年季の入った船みたいですが、君の船ですか?」
啓二はようやく顔を上げた。
「親父の船。俺がもらった。あちこち調子が悪い。」
「親父さんの船ですか。親父さんは今は?」
「親父は死んだ。だから俺が漁師を継いだ。」
「そう・・・それは・・・・。ところで、啓二さん、朝、港で顔を見た時、何か言いた気に見えたんですが・・」
「別に・・」
「そうですか・・・じゃあ、ひとつだけ、教えてください。祭殺人事件って言うメモを和夫さんの部屋で見たんですが。何か知りませんか?」
啓二はちょっと考えてから、ぼそっと一言。
「知らん。昭と祐介が何か考えとったんじゃろうが・・」
「そうか、知りませんか。やはり、怜子さんに聞くしかなさそうですね。」
と諦めて、帰ろうとした時、啓二が、
「なあ、そのことと関係があるかどうか知らんが、前に、市場で昭と祐介に親父の話をした事がある。そしたら二人とも何だか急に・・・」
「え?何ですか?」
「いや・・そうだな・・・」
躊躇うように啓二は、昭と祐介に話した事を、幸一に話した。

啓二の父は、大酒飲みで毎晩のように暴れていたらしい。母親も兄もそんな親父を愛想を尽かし、啓二が中学生になった頃、啓二を置いて家を出てしまった。そんな父だったが、毎年、夏の終わり、祭が近づく頃になると、泥酔すると決まって、「俺が殺したんじゃない!」「悪いのはあいつだ!」と繰り返すことがあったそうだ。

その話を聞いた昭と祐介が、20年近く前に起きた事故の事を調べてみようという話をしていたという。

「ありがとうございました。」
幸一は話を聴き終えて、昭たちがやろうとしていた事がわかってきたように思った。
「なあ、昭と祐介の事故、祭の事故と関係あるのか?」
「いや、わかりません。でも、怜子さんならもっと知ってるのかもしれない。和夫さんが聞いてくる事になっていますら、そのうち、また、話をしましょう。」
「そうか。」

そう言って、啓二は、船の機関室に体を入れて、エンジンの修理作業に戻った。

幸一は、今日はこれ以上は無理だろうと考え、寺に戻った。

寺に戻った幸一は、これまでの話を一度整理したうえで、和夫からの連絡を待つ事にした。
<祭の事故は、にしきやの女主人も話していた。あの時の話では、結局、事故と判断されたと聞いた。ただ、青年の後を追って自殺した娘の事が何か引っかかる。住職は訊いた話だと言っていたが、誰から訊いたのだろう・・・>
住職に、祭の事故の事でもう少し尋ねたいと思った。
幸一は、本堂や墓場・庫裏等を探したが、まだ留守のようだった。
住職は、普段は小さなスクーターを足代わりにしていた。峠を越える時や遅くなる時はだいたいスクーターで出かけるようだった。今日は、昭の葬儀だったので、歩いて行ったのだろうか、それにしても、もう葬儀は終わっているはず。スクーターは門の横にあった。どこか、近くに出かけているのだろうか。

日が暮れて、住職は帰ってきた。
「おかえりなさい。」幸一が声を掛けた。
住職はちょっと驚いたような表情だったが、
「おお、今日は寺に居ったのか。今すぐ、夕飯を作るからのう。」
そう言って、そそくさと台所のほうへ向かった。
幸一は、追いかけるように、
「ご住職!祭の事故の事でもう少しお伺いしたいんですが・・・」
「ほう。わしも人から訊いた話じゃから・・・」
「あの、どなたからお聞きになったのですか?」
「いや、誰じゃったかのう?よく覚えとらんなあ。にしきやじゃったか、玉穂家じゃったか・・」
なんだか曖昧な答えをしながら、台所へ入ってしまった。

夕飯が出来たと住職が幸一を呼んだ。しかし、住職は食事も取らず、今日は大変だったからと言って、さっさと寝床へ消えてしまった。
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