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3-11.3つ目の事故 [峠◇第1部]

夏の夜明けは早く、5時前には空は白くなる。老練な漁師が波止場に一人、風を読むように遠くを眺めていた。
港から1隻の船が出て行く。調子の悪そうなディーゼルエンジンのポンポンという音が響いていた。

漁協の事務所に、緊急連絡が入ったのは7時を回っていた。漁に出た船からだった。
「第2玉啓丸、火災発生!第2玉啓丸、火災発生!」
組合長は、2階立ての組合の建物の屋上に登った。はるか海上に黒煙が昇っているのがわかった。
「啓二の船じゃ!」
漁協の事務長は無線を取って、呼びかけた。
「近くの友船は至急救助活動!友船、至急救助活動!」

最初の緊急連絡から、わずか10分。
友船が到着するのを待たず、啓二の船は沈没してしまっていた。
その後も、懸命な周辺捜索が行われたが、台風の接近で、次第に、強風・高波となり、午後2時には、一旦捜索活動は中止された。

漁協の事務所には、組合長と剛一郎がソファに座り、じっと腕を組み黙っている。他の漁師たちは、数本の長机を取り囲むように、いろいろと推測話をしている。

「昨日から、エンジンの調子が悪いと言っとったぞ。」
「火を噴いたのは、エンジンじゃろうが、あんなに早く沈没するかのう?」
「いや、プロペラ口から水が入るともいっとったから。」
「新しい船なら、船底に穴が開いても浮いとるが、古い船はダメじゃのう。」
「あんなくそ親父の古い船にこだわるから・・早く買い換えろと言うたのに・・・」
「それにしても、あんな早い時間に出漁していくのはおかしいと思ったんじゃが・・」
「そうじゃ、潮の具合は良かったが、昼には天気が悪くなるのは知っとったはずじゃ。」
「天気が悪うなる前に、網を巻き上げに行ったのかのう?」
「そういやあ、あいつの親父も同じように早く出漁して・・」
「おお、おお、そうじゃ。あいつの親父も普段はまともに漁にも行かんのに、あの日に限って妙に早い時間に・・」
「親子じゃのう。同じように、・・・」

こんな話になって、組合長と剛一郎がソファを蹴り上げるように立ち上がったところで、脇にいた老練な漁師が「こら!黙らんかあ!!」と絶妙なタイミングで制止した。

皆が静かになったところで、剛一郎が、
「啓二はまだ死んだわけじゃない。啓二の親父と一緒にするな。あいつは酒飲みで乱暴者でどうしようもなかったが、啓二は違う。真面目に漁師をやっとる。きっと無事じゃ。」と皆に言い聞かせるように言った。
組合長も、
「啓二は、あの船が好きじゃった。何度か新造船を勧めたが、啓二はこう言うて断ったんじゃ。確かに古い船じゃが、ここじゃあ一番早く走る。扱いにくいが力はある。大事に使えばまだまだ走る。何より、親父の船が好きじゃからと。」
そこまで言うと、組合長は、口をへの字に曲げ、天井を見つめた。

幸一が事故の事を聞いたのは、昼ごろだった。
いつものようににしきやへ昼食を買い求めに行った時、錦矢の女主人が伝えた。
そして、和夫や怜子も漁協に向かったと訊いた。自分もと思ったが、にしきやの女主人から止められた。
「あんたが行くとややこしくなる。漁師たちは血の気が多い。前の事故とあわせて、みんなあんたのせいだと言い出して怪我をするかも知れん。今日はもう捜索も出来ないらしいから、余計まずい。行かん方がええ。」
「しかし・・・」
「もうしばらくしたら和夫が帰ってくる。それまでここで待ってたらええ。」

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