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3-12.呼び出し [峠◇第1部]

 幸一は、にしきやの奥にある座敷で待っていた。
 和夫が漁協から帰ってきたのは4時を少し回ったところだった。

「和夫君、一体どうなってるんだい?」

和夫は、簡潔に、啓二の船が炎上しすぐに沈没した事、すぐに救助と捜索活動をしたが見つからず、午後には天候の具合で一旦捜索が中止されたこと等を話した。
そして、漁協での、漁師と組合長や剛一郎のやりとりの話も伝えた。

「そうか、エンジンの調子が悪いと修理をしていたのは僕も知っている。でも、そんなに火災事故なんて起こるものかい?」
「俺も初めてだよ。あいにく、近くに船がいなくて、遠くの船が、火柱と黒煙を見たというので火災とわかった程度らしいんだ。」
「啓二さんの船は無線は積んでいないのかい?」
「いや、積んでいるさ。何かあったときだけじゃなく、漁の具合で、お互い助け合う事も多いから、常に連絡を取れるようにしておかなくちゃいけないんだ。」
「じゃあ、啓二さんからの連絡は?」
「実は、昔、あいつの親父さんが乱暴者で漁師仲間からも嫌われていた頃があって・・親父さんの事故の事もあったんで、漁師を始めた時から、ほとんど仲間の漁師とは連絡を取らなかったそうだ。」
「え?親父さんも事故で・・」
「そう。いつだったか覚えていないが、今回のように、台風が近づく日の早朝に出かけて、行方不明さ。船だけが沖の立て網につながっていて見つかったんだそうだ。船から落ちたんじゃないかと言われているがよくわからないんだ。連絡を取り合って助け合ってなんていいながら、親父は何もしてもらえなかったじゃないかってよく言ってたよ。」
「そんな事が・・・」
「それから、祭の事故の事だけど・・調べてみようと思ったんだけど、この騒ぎで無理だった。」
「そうか。仕方ない。まずは啓二さんが無事に見つかる事を祈るしかないだろう。祭の件はそのあとだね。」
「そうだね。怜子ちゃんともまともに話が出来なくて・・・。ああ、そうだ。怜子ちゃんが、幸一さんに話しがあるから、5時に、岬に来てくださいと伝えてと言ってたんだんだ。」
「え? 5時って、もうすぐじゃないか。」

幸一は慌ててにしきやを出た。台風が近づいていたが、まだ雨はそれほど落ちていない。


岬には、すでに怜子は到着していた。

幸一が現れてから次々に起こる事故、幸一と事故の関係がどうしても整理がつかない。
偶然にしてもおかしい。やはり、幸一が関係しているのか。まさか、事故を起こしたのは幸一なのか?
そんな疑問が頭の中をぐるぐると巡り、打ち消しても打ち消しても消せない疑問と不安が高まってくる。
一方で、幸一自身の事はほとんど知らないのに、どこか、一緒にいると落ち着く気持ちにあるのが自分でも不思議だった。父とは違う、自分を受け止めてくれるような温かい気持ちがわいてくるのが不思議だった。

戸惑いが心の中を支配していた。だからこそ、初めて出会ったこの場所でもう一度話しをしたいと思っていた。
じっと、遠く海を見つめ佇んでいると、不意に、背中をドンと押された。
折からの台風の強風でバランスを崩した。足元の岩がガラガラと音を立てる。
岬から、怜子の姿が消えた。
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