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3-13.怜子の事故 [峠◇第1部]

13.怜子の事故
幸一が岬に着いた時には、怜子の姿が見当たらなかった。祐介の事故の時と同じ感覚を覚えた。
まさか、この岬から落ちてしまったのか、そう感じた幸一は岬の先端まで行ってみた。
先端の岩が少し削れている。鼓動が高鳴るのがわかった。
幸一は、腹ばいになり、身半分を先端から出して下を見た。

3メートルほど下の岩場に、白い布のようなものがちらりと見えた。
「怜子さん!怜子さん!・・怜子!」
強風で遮られそうな中、幸一は、声を限りに叫んだ。
「幸一さん?」
かすかな返事が返ってきた。
「大丈夫かい?今、助けるから・・」そういって、幸一は、崖を降り始めた。
わずかな突起部分に手と足をかけ、慎重に、慎重に崖を降りて行った。
何度か脆くなった岩が外れ、自らも落下する危険を感じつつ、とにかく懸命に怜子の下へ向かって行った。

怜子は、崖の中ほどにできた凹みに運よく落下していた。右足を痛めたようだったが、命に別状はないようだった。
何とか幸一がその凹みに着いた時、思わず、幸一と怜子は抱きしめあった。
お互いの存在を確かめるように、強く強く抱きしめあった。
そして、どちらともなく、求め、熱いくちづけを交わした。
すでに、日は暮れていた。

「すまない。僕がもう少し早く着いて入れば・・」
「いいえ、いいの。来てくれて助かったわ。」
気持ちも落ち着いた。
「日が暮れてしまった。この暗闇で動くのは危険だ。朝までなんとか凌げるといいんだが・・・」
狭い凹みだが、二人がぴったりと身を寄せれば、何とか風雨を凌ぐ事はできそうだった。

台風が近づき、風雨はどんどんひどくなっていく。
幸一は、怜子を後ろから抱きしめた。怜子もまるで子どもが抱きかかえられるようにゆったりと身を委ねた。二人はしっかり抱き合ったまま朝を迎える事にした。

「こうしていると落ち着くわ。」
怜子はため息を漏らすように言った。
「寒くないか?」
幸一は、怜子の耳元でささやくように言った。

「これではっきりしたわ。誰かが意図的に事故を起こしているんだわ。」
「うん。・・・しかし、昭さんも祐介さんも啓二さんも怜子さんも、なぜ僕と会う前後に都合よく事故にあうような事になったんだろう・・」
「そう、まるで貴方がやったように見せている。だれか貴方の動きを知っているみたいに。」
「いや、少しずつ違うところがあるんだよ。」
「え?どこが?」
「昭さんは僕と別れた後。祐介さんは僕に会う前。啓二さんは話した翌日。怜子さんの場合は、岬にいる事を知ったのは事故の直前だった。だから、僕が会う事は知っているが、いつなのかまではわからない。」
「特に、怜子さんの場合は・・」と言ったところで、怜子が口を挟んだ。
「もう、怜子・さ・ん・は止めて。“怜子”でいいの。」

幸一は、ちょっと変な気分だった。
こんな事故で危ない状況にありながら、今、二人の間が急速に深まっている。
しかし、それを自然に、不思議に、受け入れられる幸せな気分にあったからだった。

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はな

こんにちは♪

ここまで読みました^^
空いた時間に読み返しながらなのでゆっくりですが・・・(汗)

事件の真相が気になります!
そして幸一と怜子の関係も何かありそうな・・・
by はな (2010-09-25 11:24) 

苦楽賢人

はなさん、丁寧に読んでいただいて本当にありがとうございます。

昔、少しだけ書きかけていたんですが、どうにもまとまらず、10年くらいほっておいたもので、ブログを使ってみようと思い立ち、始めたら、病み付きになってしまいました。まったくの素人ですので、大した文章力はありませんが、なんだか話を考えていると、別の人生を生きているような感覚が生まれて、・・まさに病気です。是非、懲りずにお付き合いいただければ幸いです。

今、「同調(シンクロ)」というシリーズに入っています。こっちもかなり長い話になりそうです。
by 苦楽賢人 (2010-09-26 21:30) 

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