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2-1-2.介抱 [峠◇第2部]


翌朝になっても、娘はまだ目を覚まさなかった。よほどショックを受けているようだった。
医者に連れて行くことも考えたが、体に傷は無かったようだからとしばらく介抱して、様子を見ることにした。というより、昨夜の娘の裸体を目にして、何か宝物を授かったような、他の誰にも見せたくないという気持ちが湧いていたのだった。

銀二は、足りない頭をフル回転させ、元気にするために何をすべきかを考えた。
何か栄養のあるものを食べさせないと、と台所に行ったが、男の一人暮らし、満足な食材など無い。娘が眠っているうちに、買い物をしておこうと考えた。そして、玉浦の様子も気になっていた。娘が居なくなって、玉谷の家も大騒ぎになっているだろう。様子を見てきて、娘に教えてやれば、死のうなんていう気持ちもなくなるだろうと考えた。
銀二は、玉浦の港へ船を走らせた。

玉浦の様子を聞くには、にしきやが絶好の場所だった。あそこに行けばほとんどの情報が手に入る。ついでに買い物も済ませれば良い、そう考えてにしきやへ向かった。

にしきやの娘が店番をしている。あのおしゃべりなら簡単に聞きだせると思った。
「おい!元気か!」銀二はいつもこう言って店に入っていた。
店番の娘は、返事もせず、帰れというような仕草で答える。これもいつもの事だった。
娘といっても、去年結婚して、子どもを産んだばかりだった。
「なあ、昨日、何か起きなかったか?」と銀二が訊いた。
「いやあ、びっくりしたよ。火事があったんだよ。ほら、峠の近くの玉谷の家でね。」と
娘は、玉谷の家が全焼して夫婦が焼け死んだ事や娘が行方不明になっている事を話した。
「他に身寄りの者はいないのかい?親戚とかさ。」と銀二。
「うん、息子さんが一人。今は東京の大学に居るそうで、今朝から連絡を取ろうとしてるんだけどね。電話番号はわからないし、警察でも困っているそうだよ。だから、取りあえず、葬儀は玉林寺でね。玉水の親父さんとうちの父ちゃんが相談していたんだ。」と娘は答えた。
「確か、娘の縁談があったんじゃないか?」と銀二。
「縁談?ああ、そういう話もあったかな。ごめんね。あまり良く知らんわ。」と言葉を濁した。
「ふーん。縁談って相手は誰だい?」と訊いたが、それ以上は話せ無いような素振りだった。

銀二はこれ以上はちょっと変かなと感じて、
「なあ!病人に栄養をつけるには何を食わせれば良いんだい?」と話題を変えた。
「誰が、病気なんだい?」と娘。
「誰だって良いじゃないか。なあ、教えろよ。」と銀二。
「うーん。最初から栄養の濃いものは止めて、最初はおかゆが良いんじゃない?」と娘。
「ああ、そうか。ならさ、作り方、書いてくれ。」と銀二が少し戸惑いながら続けた。
「えー?銀ちゃんが作るの。まあいいか、・・」と言いながら、そこにあった紙切れに書いて渡してくれた。
「あと、ジュースとかとにかく消化が良くて食べられそうなものを少しずつ食べさせなさいよ。」
と娘は教えてくれて、店にあるものをどっかりと並べた。そして、
「今日は、払ってくれるの?」
と嫌味そうに訊いたので、銀二は、
「ああ、今までのつけも全部まとめて払ってやるよ!」と言って精算した。
「ありがとな。じゃあな」と店を出た。

荷物を抱えて船に戻った。
向島へ向かう途中、銀二は考えた。火事になって親御さんも亡くなった、和美にはもう戻るところが無い。しばらく面倒見ることになるなと心に決めた。
そして、向島に戻る途中、玉浦の山の反対側に、玉の関へ行く事にした。

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