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2-1-4.回復 [峠◇第2部]


3日目の朝、ようやく、娘は目を覚ました。
最初は、自分が何処にいるのか判らない様子だったが、岬から身を投げた事は覚えていて、誰かに助けられ、ここにいるのだという事がようやく判った。
起きようとしたが、体に力が入らない。その様子に気づいた銀二が近づいて、声を掛ける。
「おお、やっと目が覚めたかい。あんた、丸二日も眠っていたんだぞ!」
聞き慣れない声に、娘はびくっとし、布団を被った。すぐには、返事が出来なかった。
銀二は、そんな娘の様子を見て、少し優しく、
「もう大丈夫なのかい?」
と訊くと、娘はようやく、布団から顔を出し、こくりと首を縦に振った。
「事情は知らないが、命を粗末にするもんじゃないぞ。」
とありきたりの言葉を続けるほか無かった。
銀二の言葉に、娘は急に涙を流し始めた。
「まだ、無理しない方がいい。そうだ、腹減ってないか?何か飲むか?どこか痛むか?」
銀二は、娘の涙を見て、どうしていいかわからず、慌てて訊いた。
娘はようやく口を開いて、「お水を・・・」と途切れがちな声で言った。
銀二は、台所に飛んでいって、そこらにある器の中から、一番綺麗そうなものを選んで、水を入れた。
娘に手渡そうとしたが、横になったままで飲めなかった。
銀二は、優しく娘を抱き起こして、飲ませてやった。
娘は、ごくごくと喉を鳴らして飲み干した。銀二は、娘をゆっくりと横にした。
「もう少し、横になっていな。顔を洗ってくる。」と言って、銀二は外に出た。

銀二の漁師小屋の前には、砂浜が広がっていた。ようやく意識を取り戻した娘を見て、銀二は安堵した。そして、砂浜に座り込んで、タバコを吸った。遠くに、玉浦が見える。

しばらくして、小屋に入ると、娘が起き上がっていた。
「私は、和美と言います。玉浦のものです。」と言った。
「そうかい。」と銀二が返した。
「昨夜、家は火事になりました。我が子ともども逃げ出しましたが、父や母はおそらく亡くなったと思います。」
と続けた。
銀二は、にしきやで大体の様子は聞いていたので驚かなかったが、「わが子」と聞いてびっくりした。この若い娘が子どもを産んだとは思えなかった。
「わが子って、お前が産んだのかい?助けた時に、近くにはそれらしいものは見えなかったが・・・ダメだったか・・」と銀二。
「いえ、良いんです。私も死のうとしたのですから・・」と和美。
「でもよ、火事から逃げ出したっていうのなら、死のうなんておかしいじゃないか!」と銀二が訊く。
和美は、その言葉を聞いて、玉浦での出来事を銀二に話した。
初めて愛した男を村の青年たちに殺されたこと、そして、愛した男の子どもを身篭り、父母に反対されても産んだ事、傾いた家のために身売り同然の縁談や縁組が持ち込まれたこと、そして、父母が殺され、家に火をつけられ、逃げ出したところを、岬まで追われ、わが子ともども身を投げた事等を話した。
銀二は、じっと和美の話を聞いていた。一通り事情を聞いた銀二は、こう言った。
「そんな悲しい人生、あってたまるか!今日から、あんたは、別の人生を生きるんだ!」
そう言った銀二もよく意味がわからない事を言ってしまったと思った。
和美は、「そんなこと・・・」と銀二に問う。

銀二は、戸惑いながらこう言った。
「俺は頭が悪いから良くわからないが、お袋がさ、よく言ってたんだよ。生きていればなんとかなるって。・・・そうだよ。俺の船に助けられたのは、きっと、まだ死んじゃダメだって言う事、なんだよ。・・・そうだ、別人になればいいんだよ。玉谷の人間だから、悲しいんだ。別に人間にさ。・・・そうだなあ・・」
そこまで言って、銀二は思案した。そして、
「その方法はまた考えよう。とにかく、今は、体を戻す事だ。いいな。」
銀二はそう言って、和美を横にさせた。
「俺はこれから漁に出かけてくる。寝てりゃいいからな。」
銀二は、そう言うと家から出て行った。

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