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2-1-5.漁の土産 [峠◇第2部]

銀二は、いつものように漁に出た。港を出てから同じ事を考えていた。
別の人生といっても、この島で誰かに見つかれば、おかしな噂を立てられるに決まっている。俺は構わないが、若い和美には可哀想だ。あれこれ詮索されるのも嫌だろうし、玉浦の人間に知れるとまたどんな目に遭うかも分からない。どうしたものかと考えていたが、なかなか良い考えが浮かばなかった。
その日の漁は、立て網漁だった。いろんな魚が獲れるが、雑魚ばかりでなかなか良い値が付く魚が取れなかった。夕方には、港に帰り、水揚げした。1匹だけ、大きな鯛が獲れたが、市場には出さず、持ち帰る事にした。

銀二が家に着いたのは、もう日暮れを過ぎ、夕闇の中だった。
いつもなら、真っ暗な小屋へ帰るのだが、今日は明かりが点いている。一人暮らしが長かった銀二には、その明かりがとてつもなく幸せを感じさせてくれた。

戸を開けると、和美が台所に立って、掃除をしていた。銀二に気付くと「お帰りなさい。」と言った。
銀二は、何だかその言葉がむずがゆくて、どう応えてよいか戸惑い、つい、「まだ寝てろって言っただろう」とぶっきらぼうな返答をしてしまった。
和美は済まなそうな顔で、
「だいぶ動けるようになったから。それに、何かしてないと、思い出してしまって・・」と急に涙ぐんだ。
銀二は、和美が子どもを亡くしたことを悔いている事は十分にわかっていたので、それ以上は言わず、
「これ、今日獲れたんだ。滅多に取れないからな。これを食べて精をつけな!」
と、大きな鯛を差し出した。そして、
「これ,うまく捌けるか?」
と訊いた。和美が困った顔をしたのを見て、銀二は、包丁を持って台所に向かった。

「漁師が食べる料理だからな。そんな豪勢なものは出来ないが・・まあ、食べられると思うから・・」
と言いながら、器用に鯛をおろしていく。片身は刺身に、片身はぶつ切りにして米と一緒に土鍋に入れた。頭とあら骨は、鉄鍋に入れて囲炉裏にかけた。30分ほどするといい匂いがしてきた。
「そろそろ良いだろう。」
狭い座敷に卓袱台を出し、土鍋と抱えてきた。

「ええと、これは鯛めしだ。それから、刺身。それと鯛汁な。」
ちょっと自慢げな銀二だったが、和美は、まだ気持ちが晴れないのか、無表情で座っている。
茶碗によそって、さあ食べようというところで銀二が、
「おおっと、ちょいっと待った。」と言って、小屋の外へ出て行った。

しばらくすると、手に何か持って入ってきた。
「鯛汁にはこれがなくっちゃな。」と言って、手のひらを広げると、小さな山椒の葉があった。
「これをな、ほら。」と言って、手のひらに載せて、ぽんと叩く。すると、山椒の香りが広がった。
「それ、お前もやってみな!」と和美に手渡した。
和美は言われたとおりに、手のひらに載せてポンと叩く。同じように、爽やかな山椒の香りが広がった。
「な、良いだろ。これを鯛汁に入れると、臭みが消えて美味くなるんだ。ああ美味い。」
その様子を見て、和美がふっと微笑んだ。助け上げてから初めて見る笑顔だった。銀二も嬉しくなった。
「さあ、食べろ。美味いはずだから」と勧めた。
和美は、そっと鯛めしに箸をつける。ちょっと塩からかったが、美味しかった。そして、鯛汁に口をつける。言われたとおり、山椒の香りが鼻をくすぐり、鯛の甘味が口の中で広がった。
生きていてよかったと心から思えて、涙が零れた。
「おいおい、涙を流すほど不味かったか?」と銀二が問う言葉が可笑しくて、涙を流しながら笑った。

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