SSブログ

2-2-2.買い物 [峠◇第2部]

2時間ほどかけて、船は徳山の港に着いた。年に2,3度ほど来ている港だった。
ここは、玉浦や向島とは比べ物にならないほど大きい港で、市場には、競り台がいくつもあって、遠洋ものの水揚げもあるのだった。市場の裏手には、商店街があった。
もう昼前ということもあり、市場は人影も無く静かだった。市場を抜けて、商店街のある通りに出た。買い物客はそれなりにいたが、平日の昼間で、静かなほうだった。
「なあ、何か欲しいものはないか?俺にはわからんから、自分で欲しいものを買って来い。」
といって、小料理屋の女将さんから貰ったお金をそのまま和美に渡した。和美は遠慮したが、銀二が強引に手に持たせた。そして銀二は、「買ったものは俺が持ってやるから・・」と少し後ろを歩いた。
それならばと和美は心を決めて、食料品店に向かった。そして、まず、野菜をたっぷり買い込んだ。そして、味噌や醤油等の調味料、小麦粉、パン粉、乾麺、お茶、油・・・とにかく、食料品ばかりを買い始めた。そして、石鹸や歯磨き、便所紙、洗濯用の石鹸等を買った。銀二は、元気に買い物をする和美を見て嬉しくなった。
だが、途中で
「おい、そんなものじゃなくて、自分のものをもっと買え。ほら、靴とか、化粧品とか、欲しいものあるだろ。」
と言って制止した。

和美はその言葉を聞いて、立ちすくんでしまった。
自分のものをと言われても、何が必要なのか、分からなかったのだ。今の自分に何が必要なんだろう。化粧をする事が必要なのだろうか?着飾る必要はあるのだろうか?今は、何も欲しいものが見当たらなかった。それほどに、心の中が空っぽになっている事に改めて気づいたのだった。
そして思わずそこに座り込んでしまった。

和美の様子を見て銀二は、どう声を掛けてよいものか戸惑った。元気な様子で買い物をしていた和美を見ているうちに、忌わしき出来事をすっかり忘れていたのだった。辺りを見回すと、パン売り場があった。
銀二は思わず、
「おい!パン 食べたくないか?」と言った。
特に意味は無かったが、座り込んだ和美を動かすために、手近にあったものを見つけ、とにかく訊いた。
和美がふっとパン売り場を見た。銀二は食パンを両手に抱えて、踊るように見せている。その様子が可笑しくて、和美はふっと笑った。
「おお?パン好きか?それならたくさん買っていこう。」
銀二は、食パンを4斤も買い込んだ。もう両手いっぱいの荷物になっていた。
「一回、荷物を置きに船に戻ろう。それから、昼飯を食おうぜ。」
銀二は、出来るだけ陽気に和美に話しかけた。
一旦荷物を船に置いて、昼食を取ろうと、また、商店街へ戻った。

昼時ともなれば、どこの食堂も混雑していた。2.3軒、暖簾を押して入ってみるが、満員ばかりだった。
そうしているうちに、和美が言った。
「ねえ、銀二さん。さっき買ったパンを食べましょう。」
と言い出した。せっかく徳山の町まで来てと銀二は思ったが、まあ、和美が言い出したとおりにしようと考え、
「ああ、それが良いや。じゃあ、何か飲み物を買おう。」
ちょうど、目の前に、食料品店があった。瓶に入った牛乳が目に付いた。銀二はそれを2本買った。
「滋養には牛乳が一番だよな。」と自己満足な言葉を言いながら抱えて、船に戻った。


nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント

トラックバック 0