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2-2-3.食パンと牛乳 [峠◇第2部]


「ねえ、銀二さん、船を出して。何だか、海の真ん中で、お昼ご飯を食べたい気分なんです。」
「ああ、そりゃ良いや。今日は海も凪いでるし、ゆったり波に揺られながらってもの良いよな。」
そう決まると、すぐに銀二は船を出した。

徳山の港から、まっすぐ沖に向かった。30分も走ると、もう陸地は見えなくなってしまった。
「あまり出ると、大型船の航路になるからな。この少し先に、小さな島があるんだ。島って言ったって、松の木が5.6本生えてるような小さい岩島だがな。俺は時々上がってみるんだ。」
そう言って、船を向けた。5分ほどで島が見えた。船を着けるような場所が無いので、浅瀬まで船を近づけ、碇を下ろして船を停めた。
「俺が抱えていってやるから、お前はこれを持ってな。」
と言って、パンと牛乳の入った袋を和美に渡した。そして、銀二は、ざぶんと海に入った。腰くらいまでの深さがあった。そこから、和美を抱きかかえて、陸へ上がった。

砂浜に漂着した流木に二人は座って、昼食にした。
「あ、食パンと牛乳だけでよかったか?」
と銀二が言い出した。
「ほら、なんだ、ジャムとかバターとかさ、そんなもの買って来なかったぞ。」
「そうだ。ねえ、さっきお砂糖を買ったでしょ。銀二さん、あれを持ってきてくださらない?」
「おお、おお、いいぞ。」
銀二はまた、腰まで潮水に浸かりながら船に戻ると、砂糖の袋を持ってきた。
和美は、それを受け取ると、封をあけた。そして、食パンを1枚取り出して、たっぷりとのせ、半折りにして銀二に渡した。銀二は、それまでパンを食べた事が無かった。何だか頼りないし、少しすっぱいような独特な臭いがどうも苦手だったのだ。しかし、和美が手渡してくれたパンはとても美味そうに思えた。銀二は大口を開け、一気に半分くらい噛み付いた。砂糖の甘さは良かったが、何だか口の中でもさもさする。飲み込もうとしてもどうにものどを通らない。そうこうしている内に、のどに詰まらせた。
和美は銀二の様子を見て、びっくりした。そして、袋の中から牛乳を取り出して銀二に渡した。蓋を開けると、牛乳と一緒にパンを飲み込んだ。
パンの縁から零れた砂糖と急いで飲んだ牛乳が零れて、銀二のシャツは、おかしなことになってしまった。
それなのに、銀二は、すぐまたパンに噛み付いた。そして、1枚をどうにか食べ終わると、
「ああ、美味かった。パンに砂糖はばっちりだな。お前も食べろ!」と嘯いている。
まるで子どものような銀二の仕草に、和美の心は、溶かされているようだった。
「ねえ、銀二さん。こうしていると世界に二人だけって感じがしてきますね。」
和美がしみじみと言い、海の遠くのほうを眺めていた。銀二もその言葉を聞いて、同じように視線を遠く水平線へ向けた。

「そろそろ戻るか。今日は、夜、漁に出るんだ。」
「ねえ、私も漁に連れて行ってくださらない?一人で家にいるといろんな事を考えてしまって・・」
「ああ、構わないが、大人しくしてるんだぞ。また、海にでも落ちられたんじゃたまらないからな。」
と笑顔で銀二が答えた。
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