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2-2-6.来客 [峠◇第2部]

 日暮れ前には、風呂場の修理も終わった。
「和美。夕飯にするか。支度してくれ。」
銀二は、戸板の調子を見ながら和美に声をかけた。
「はい」とだけ言って、台所に向かった。二人のやり取りは夫婦のようだった。

「ごめんよ。銀二、居るかい?」
と声がして、老婆が入ってきた。近くに住むセツさんだった。
台所に居た和美は、初めての訪問者で、どうしてよいのか立ちすくんだ。
セツさんは初めて見る若い娘を不思議に思い、頭のてっぺんからつま先まで二度も三度も、しげしげと見ていた。そこへ、銀二が入ってきた。

「な、なんだい。セツさん、なんか用事かい?」
咄嗟に銀二が訊いた。セツさんは、
「ああ、さっきの雨戸の礼にな。畑で取れた野菜と、芋を持ってきたんだよ。ほら」
と言いながら、銀二のほうは見ないで、じっと和美を見つめたまま、土間に置いた。
その様子を見て、銀二が、
「なあ、セツさん、ちゃんと説明するから、ちょっと座ってくれ。」
と言って、セツさんを座敷に座らせた。そして、和美に、
「おい、お茶でも入れて持って来きてくれないか。」と言った。

セツさんは、何をどう訊いて良いのか考えていたが、銀二が話をするというのでとりあえず座った。
銀二は横に座ってから、
「なあ、いいか。ちゃんと説明するが、くれぐれもセツさんと俺との秘密にしておいてくれ。頼む。」
と頭を下げた。セツさんは、その様子を見て、判ったと頷いた。
「あの娘は、和美というんだ。玉浦の玉谷家の娘だ。玉付崎から身投げしたところを俺が救い上げて、ここで介抱した。」
そこまで言うとセツさんが、
「あたしゃ、玉浦に知り合いが居てね。何でも、玉谷の家は火事で皆死んだという話じゃった。娘さんは生きておったんじゃね。良かったよお。」と答えた。
「そうだ。でも、尋常じゃない。無理な縁談や借金で、あのまま玉浦に帰っても、不幸を背負って生きることになる。だから、元気になるまでここに居て、どこかで、別の生き方をするように話したんだ。」
セツさんはふんふんと言いながら銀二の話を聞いていた。そして、
「身投げして助かった命じゃ。一度死んだことにして、さらから生きるほうがええ。銀二、お前さんは良い事をしたんじゃ。」
セツさんは銀二を褒めた。セツさんには子どもがなかったので、銀二を自分の子どものように思っているのだった。そして、
「じゃがな。若い娘を、男所帯に置いとくのはいかん。間違いの元じゃ。お前が嫁にするというなら別じゃが、そうじゃなかろう。」と続けた。
銀二は答えに困った。『間違い』は確かに起きるかもしれない、また、しばらくはここに居させたい気持ちはあったが、『嫁にするのか』と言われてしまうと、何と答えるべきか悩んでしまったのだ。そうだともいえず、違うともいえなかった。

「なら、うちへ来させな。婆さんの一人暮らし、話し相手も欲しいしな。お前だって、漁に出れば、和美さんは一人ぼっちになる。お前が居ないときはうちへおれば良い。」
「ああ、そいつは良い。俺も居ないときに、他の誰かが訪ねて来やしないかと気を揉むことも無くなる。それが良い。恩に着るよ、セツさん。」

そのやり取りを、台所で聞いていた和美は、淋しい気持ちになったが、その方が銀二への負担も減らせるのであればと承諾していた。そして、
「和美です。セツさん、お世話になります。何でもやりますから。」と頭を下げた。
「そんなに頭を下げないで。どうせ、気ままな一人暮らし。この年だからね、起きてるのか寝てるのかわからないようなもんだから、気にせず好きなようにしていたらええからね。」

「話が決まったら腹が減った。さあ、飯にしよう。ああ、セツさん、一緒にどうだい?」
「じゃあ、今晩は、よばれようかね。」

その夜は、銀二と和美とセツさんの3人で楽しい夕餉となった。
セツさんは、銀二が仕出かしたいくつかの事件を面白おかしく和美に話して聞かせた。
銀二は何度かへそを曲げながらも、言い訳でごまかし、そのたびに笑い声が響いた。
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