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2-2-8,心の故郷 [峠◇第2部]

4日ほど、行方がわからなかった銀二が突然現れた。
それも、両手に大降りの鯛を抱えて嬉しそうな顔をしていた。セツさんの家に入るなり、
「和美!いるか?ほら、土産だ。」
「4日間も、何処行っていたんですか?」
「おう、いろいろとな・・・まあいいじゃないか。」
しばらく行方不明で和美が心配していた事など、気にかける様子もなく、笑顔で現れたのだった。
そして、
「そうだ。和美の働き口を見つけてきたぞ。一度挨拶に行こう。」と切り出した。
それを訊いたセツさんが、銀二に向かって諭すように
「こら、銀二!お前が行方不明だっていって、和美ちゃんはずーっと心配していたんだ。まずは、ちゃんと謝りな。それから、働き口ってそんな和美ちゃんの気持ちも考えてやらないと駄目だよ。」と言った。
銀二は、少し悪びれた表情をしたが、
「すまん、すまん。いいじゃないか、ちゃんと戻ってきたんだし。それには働き口ってのも、まず、挨拶に行ってからだ。気に入らなけりゃ断ればいいんだから。」
と、やはり気にしていない様子だった。

和美は、そんな銀二を見て、心配していたのが馬鹿らしくなった。
「おお、元気そうじゃないか。まあ、今日はこれで贅沢料理を作って、前祝としよう。」
そういって、台所に行くと、さっさと捌きはじめた。
その夜は、和美が銀二のところで初めて食べた、鯛めしと鯛汁だった。

器によそって、卓袱台に並べ、さあ食べようとした時、和美が立ち上がって、
「ちょっと待ってて。」と外へ出て行った。少しして、
「さあ、これが無いとね、銀二さん?」と手のひらを広げた。
手の中には、山椒の葉が3枚ほど入っていた。
銀二は、嬉しそうに、それを受け取ると、パンと手のひらで叩いて香りを広げた。

翌朝、銀二はセツさんに詫びていた。
「ごめんな。せっかく世話してくれたのに、勝手に話を決めてきて。」
「まあ、お前の事だから、いい話なんだろう。ここにずっと居ても、あの子は自分で生きることにはならないからね。淋しくなるけど、時々、顔を見せるように言っといてな。」
そういうセツさんの目は、うっすらと涙で潤んでいた。
「ああ、そう言っとくよ。それに、俺はここにいるんだからさ、前以上に俺がセツさんの面倒を見るからさ。」
「馬鹿いってんじゃないよ。どっちが世話をするんだよ。」

和美が支度を終えて出てきた。荷物は、セツさんが出してくれた大きな鞄に洋服を詰めただけだった。
和美は、まだ気乗りしない様子だった。それを見たセツさんが、
「なんだい、そんな顔して。これからまた新しい暮らしが始まるんだよ。さあ。」
と言って、背中を押した。
「本当に、お世話になりました。また、遊びに来ますね。お元気で・・・」
和美は、そう言うはじから涙が流れた。

いつもの桟橋に銀二は船を着けていた。
和美は船に乗り込むと、じっと銀二とセツの家のある浜を見つめていた。
ここに来て、悲しみの淵からようやく顔を出して息をする事ができたのだ。
そして、この世で生きていく事を許された気持ちになれた。そう思うと、玉浦のふるさととは別に、ここが新しい自分のふるさとのように思えた。
浜に人影が見えた。セツさんが手を振っていた。涙が零れて、人影がかすんで見えた。

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