SSブログ

2-3-2:直子と銀二 [峠◇第2部]

和美が1階に下りていくと、女将は、店の仕込みを始めていた。
小料理屋といっても、それほど上品な店ではない。居酒屋と言ったほうが似合っている。料理も大半は煮物や揚げ物、魚料理の類だった。和美は女将に言われるまま、流しの前に立って、野菜の下ごしらえを手伝った。合間に、お昼を取った。

昼ごはんを食べた後、女将が、少し休憩しようといって、お茶を煎れてくれた。
和美は、洋服の事を訊いてみた。
「あの、銀二さんが洋服を用意してくれたんですが、あれは、直子さんが・・」
「そうよ。銀ちゃんたら、突然やってきて、洋服をくれっていうんだから。若い娘だからって聞いてね。うちの娘の着なくなった洋服を渡したの。お役に立ったかしらね。何も気にしなくていいんだから。どうせ、捨てちゃうのよ。」
「ありがとうございました。どれも今まで着た事のないようなものばかりでしたけど、新しくやり直すにはちょうど良かったと思います。」
「そう。まだたくさんなるはずだから・・」
「あの、娘さんて?」
「ああ、年は17になるわ。今は徳山の港で、事務員をしてるわ。思い出したように、帰ってくるけどね。ほとんど居ないから。そうそう、その娘の働き口ね、銀ちゃんが探してきてくれたのよ。」
「徳山の港には、この前、行きました。港からすぐの商店街に・・」
「じゃあ、きっと、その時、娘のところにも寄ってきているわね。銀ちゃんね、時々様子を見に行ってくれるの。元気だとわかると何にも言わないの。困った事があるとそれとなく言ってくれるのよ。」
「へえ、そうなんですか。」

和美は、女将と銀二の関係が不思議で、ちょっと訊いてみることにした。
「直子さんと銀二さんって、いつからのお知り合いなんですか?」
女将はお茶を飲みながら、少し考えて、
「そうね、銀ちゃんとはもう15年くらいになるかしら。まだ銀ちゃんが中学を卒業したばかりだったと思うわ。」
「お店もそのころから?」
「いいえ。そのころ、向島で、主人が船修理の工場をやっていたのよ。そこに、銀ちゃんが訪ねてきたのよ。」
「え?じゃあ、直子さん目当てで中学生が?」
「まさか。銀ちゃんは、お父さんの使いで、船部品を受け取りに来たの。挨拶して、私の顔をじっと見てね。真っ赤になるのよ。純情な少年だったわ。それからちょくちょく来るようになってね。修理に興味があったようで、主人もずいぶん気に入っててね。修理の仕方を熱心に教えていたわ。その内、ここで働かせてほしいって。」
「じゃあ、しばらくは、工場で働いていたんですか?」
「そうね。1年ほど。プロペラの修理にかけては主人は天才だったのよ。漁師から注文が多かったわ。銀ちゃんも、主人から随分教わって、簡単なものは任せられるくらいになっていたんだから。」
「それで、ご主人は?」
「ええ・・・7年程前に、倒れてしまって。脳卒中っていうの?工場で夜中に倒れてそれきり。その時、真っ先に銀ちゃんが来てくれてね。しばらく、修理の仕事をやってくれてたんだけど、やっぱり立ち行かなくなって、売る事になっちゃったの。娘と二人、どうやって生きていこうかって途方にくれたわ。その時、銀ちゃんが2.3日居なくなったと思ったら、ある日突然現れて『女将さん、店をやらないか』って言うのよ。」
「それがこのお店?」
「そう。私、小料理屋なんて行った事もなかったし,お金だってなかったし、どうしてそんなものができるんだって銀ちゃんに言ったの。そしたら、『お金のことなら心配ない、大家さんが良い人で、1年は家賃は要らないって言ってくれたんだ』って言うの。それにね、小料理屋って言ったって、客は地元の漁師ばかりだから、適当に料理と酒を出しとけば大丈夫だってね。」
「結構、いい加減なところありますからね。」
「私、その時の銀ちゃんの話を聞きながら、どうせどう生きたらいいのかわからないんだったら、とりあえず1年言うとおりにやってみようって決めたの。駄目だったらまた何か考えればいいじゃないかってね。」
「それで、今は・・・」
「やって来て良かったって思うわ。何とか生きて来られたのも銀ちゃんのお陰ね。そうそう、実はね、家賃の話は、嘘だったのよ。銀ちゃんが、現金を持って掛け合って、渋る大家さんを説得したんだって。時々、無茶な事を平気でやっちゃうのが銀ちゃんよね。」
笑顔で銀ちゃんの事を話す女将を見ていて、この人も銀ちゃんに惚れてるんだと和美は確信した。
「さあ、材料の仕込みはそろそろ終わりだから、後は、お店の掃除をして頂戴。6時には開けるから、掃除が終わったら少し休憩してね。」
そう言って、女将は厨房で入って、料理の仕上げに入った。和美は、椅子やテーブルを拭き、店の前に水を打って掃除をした。

nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント

トラックバック 0