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2-3-3:噂話 [峠◇第2部]

夕方6時を回ったところで、店先の暖簾を出した。
その日、一人目の客は7時ごろに現れ、夕飯代わりに、煮物や焼き魚、焼酎を飲んで1時間ほどで帰っていった。それから、同じような客が数人程度だった。
和美は、女将に言われて、厨房で料理や盛り付けなどを手伝った。
店に顔を出すと、客から新顔の女の子だっていう事で、興味本位に根掘り葉掘り尋ねられるだろうからと、女将が気遣って店には出さないようにしていた。

10時を少し回ったころ、数人の漁師仲間が入ってきた。
どこかですでに飲んできたのか、いい調子で、わいわい言いながら椅子に座った。

「おい、聞いたか?玉浦の火事の話?」
「ああ、惨いよな。」
「俺さ、ちょうど、その時、玉浦に居たんだ。火の勢いったらなかったぜ。」
「全焼だってな。一家、皆、焼け死んだんだろう?」
「いや、なんでも娘は自殺したらしい。」
「自殺なんて尋常じゃないな。誰かに殺されたんじゃ?」
「おいおい、何があったんだい。」
「詳しくは知らないが、借金が相当あったらしくてな、心中だって話だぜ。」
「借金ってなあ。燃えた家は、旧家で金持ちだったんじゃないのかい?」
「それがほら、昔とは違うんだよ。旧家っていったってよお、戦争前までだろ。」
「ああ、庄屋とか名士って威張ってても、今は先立つものがなけりゃなあ。」
「あんな静かな村でねえ。」
「じゃあ、葬儀はどうなったんだい?」
「何でも、玉水水産の社長が仕切ったってことだそうな。それと、玉本・・ああ・・にしきやの旦那が、後始末に家の土地を預かったそうだ。まあ、借金のかただというのが本当らしいがな。」
「ほれ、やっぱり、金が全てじゃねえかい。」

そこまで話していたのを女将が聞きつけて、
「おや?うちの店で、玉浦のうわさ話をするなんて、どういう了見だい?」
ときつい声で言うと、
「こりゃあ、しまった。ごめんよ。もう止めとく。」
と客の一人が答えた。
事情を知らない他の客が、なんだいっていう顔をしているので、その客は、後ろを向いて、ヒソヒソ話をするように、小声で、「この店で、昔、玉浦の奴らが暴れてさ・・・」と続けていた。
その様子を見て、
「そんな話は他でやってちょうだい。他に何か注文はないの?」
と話題を変えた。
客は、何品か注文をよこし、それを聞いて、女将は厨房へ入って行った。

和美は、厨房で客の会話を聞いていた。改めて、玉浦の悲しい出来事やその後の様子を噂話で聞くのは辛かった。胸の奥に刺さったままのガラスの破片がまた深く心をえぐる思いだった。声を堪えて泣いた。

そこに女将が入ってきて、
「ごめんね。おかしな話を聞かせちゃったね。ここはもう良いから。お風呂沸かしといてくれない?」と言った。
「はい。」とだけ和美は答え、店の裏手にある風呂場に向かった。
「それから、先にお風呂済ませておいて、私も後で入るからね。店の片付けは、明日の朝にするわね。」
そう言って、また店に出て行った。

ここの風呂は、銀二の家とは違い、外に焚き口のある新しいものだった。
火のつけ方は銀二に教わり、手馴れたものだった。しばらくすると湯が沸き、女将の言うとおり、和美は、先に風呂に入った。
湯船は、膝を折り曲げてようやく入れるくらいの小ささだった。湯船の横にある小さな窓をほんの少し開けた。夜風がすっと入ってきた。
湯船につかりながら、和美は、銀二の家を思い出していた。
お風呂は、囲いや天井はあったが、ほとんど野天に近かった。すぐ近くに波の音や虫の声が聞こえた。
救われた後、初めて、あの湯船に浸かった時の安堵感を思い出し、涙がこぼれた。

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