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2-3-4:夜話 [峠◇第2部]

 店を閉め、女将も風呂を済ませて、2階へ上がってきた。
女将は、客の噂話を聞いた和美がどうにも気がかりだった。女将は襖越しに、
「和美ちゃん、ちょっといいかしら?」
と声をかけた。
「はい、どうぞ。」と返事がした。
部屋に入るなり、女将は、もってきた瓶ビールとコップを見せて、にっこり笑った。

「お先にお風呂いただいてすみません。」
「あら、気にしないで。一人の時は、お風呂沸かすのも億劫だったから、やってもらって助かったんだからね。」
と言って、和美の横に座った。

「こういう商売していると、お客さんからいろんな話を聞くのよ。いい話もあるし、悪口もある、中には儲け話とか、口説き文句もね。そんなのいちいち気にしてると持たないでしょ。だから、私、寝る前にこうやってビールを飲んで忘れることにしているの。」
そう言って、ビールを注いだコップを一気に飲み干した。
風呂あがりのまだ湯気が残っている首筋あたりがごくごくと音を立てる。
「は~あ、いい気持ち。楽になるわよ。さあどうぞ。」
と和美にも勧めた。和美も、女将を真似して一気に飲み干した。
「どう?」
「は~あ、いい気持ちです。」
冷たいビールが喉を通り、体中に染み渡る思いがした。
「直子さんが言うとおり、何だか、体の中に溜まったものがすーっと深く沈んでしまうような気持ちです。」
「でしょ。でも、一人で飲むより、こうやって二人で飲むほうが良いわ。ほら、もう一杯。」
今度は二人で同時に飲み干した。初めてのお酒だったが、本当に美味しかった。

「ねえ、直子さんは銀二さんをどう想っているんですか?」
和美が唐突に尋ねた。
「あら、もう酔いが回ったの?いきなり何よ。どきっとするじゃない。」
女将は笑いながら答えた。
「昼間、直子さんが銀二さんとの縁を話していた時、とても楽しそう・・というか嬉しそうだったから。」
「あらあら・・そうね。きっと、和美ちゃんが銀二さんを想ってるのと同じかな?いや、私のほうが長いから、私のほうが深いかもね。」
「え?じゃあ、銀二さんと一緒になりたいとか・・・」
「馬鹿ねえ、そんなの・・」と言いかけて、ちょっと真顔になっていた。
「まあ、良いわ。酒の勢いで話しちゃおうかな。」
「ぜひ、聞かせてください。」
「銀ちゃんは命の恩人。大・大・大恩人なの。その話はしたわよね。」
「ええ、昼間に聞きました。」
「実はね、この店がどうやらうまくいきそうだって思った頃、何とか恩返しをしたいと思ったの。あなたもそうでしょ?」
「ええ、何か自分にできることがあるなら・・」
「そうなのよ。だから、ある夜に銀ちゃんが店に来た時に、泊まってってお願いしたの。もちろん、ただ泊まるわけじゃないわよ。私だって一人身は淋しい、お互いの温もりで慰めあうのもいいんじゃないのって・・・それで恩返しにならないかなってね。」
「それで・・」
「銀ちゃんね。この部屋までは上がって、こんな風にビールを飲んでね。でも、私が、脱ぎ始めたらね・・・」
女将は顔を赤らめて、少し言葉に詰まったようだったが、
「銀ちゃんが、『そういうつもりなら帰る。』って怒ったの。ここまで来たんだからその気があるのかと思ったのに、全然。それに、『俺がこの店を世話したのは、社長への恩返しだから、こんな風になるのなら俺は二度とここへ来れなくなる」って泣きだしたの。」
女将は、その時の状況を思い出して、さらに、顔を紅潮させていた。
「浅はかだったわ。銀ちゃんの優しさを何だか踏みにじってしまったようで、私まで泣き出しちゃって・・・」
和美は、複雑だった。自分も、銀二の家にいるときに、恩返しに銀二に抱かれてもかまわないと考えていた事があったからだ。そして、思わず、銀二の家での出来事を口にした。

「私、しばらく銀二さんの家に居ました。助けてもらって、介抱してもらったとき、何度か、私の服を着替えさせてもらったようだし、体も拭いてもらったんです。裸の私を何度も銀二さんは見ているはずなのに、お風呂に入っている時は、随分遠くから声をかけるんです。裸を覗いてないぞって判るように。」
「ふーん。銀ちゃんらしいわね。でも、銀ちゃん、うちに来ていたころ、私のお風呂を覗いた事あるのよ。」
「ええ、そうなんです。覗いてないぞって言う割には、胸元とか足とかちらちらと見たりするんですよね。」
「本質的にはきっとスケベなのよ。でも、純情だからね。」
二人はその後、銀二の駄目なところを言い合い、大声で笑いながら夜を過ごした。

そんな暮らしが数日続いていたが、突然、悲しい知らせが届いた。


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