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2-3-5:悲しい知らせ [峠◇第2部]

和美が『紫』へ来てから、銀二は姿を見せなかった。
ただ、毎朝、店の裏口には、獲れたばかりの魚が一箱ほど置かれていて、銀二が届けたものだと判っていた。
最初に見た時、和美は不審に思って女将に尋ねたら、「これが銀ちゃんなりの優しさの表現なのよ」と女将は笑顔で答えたのだった。

それが5日目には届いていなかった。最初、海が時化ていたのだろうと思ったが、昨日は良い天気だったはず。少し心配になって女将に話したら、「そんな時もあるわよ」と素っ気無かった。
翌日も、その翌日も届いていなかった。三日続けて届いていなかったので、女将もさすがに不思議に感じていた。

「直子さん、銀二さんに何かあったんでしょうか?」
不安になって、和美は女将に訊いてみた。
「そうね。ちょっと様子を聞いてみないとね。体を壊したわけじゃないと思うけど・・」
女将も少し心配そうだった。

その夜遅く、数人の男たちが、店にやってきた。
女将は、その顔を見て、向島の漁師だとわかった。
漁師仲間は、テーブルに座って、焼酎を注文した。
女将はテーブルにコップと焼酎の瓶を運んで、銀二の様子を訊いてみた。
「ねえ、銀ちゃん、どうしてる?最近、来てないのよ。」
一人が答えた。
「ああ、銀二か。今、大変なんだよ。」
すると、もう一人の漁師が、
「おい、どうしたんだ?銀二の奴、何かしでかしたのか?」
と訊く。すると、
「いや、銀二じゃなくて、銀二の弟、鉄三のほうさ。」
「鉄三っていやあ、確か、こないだ結婚して子どもがもうじき産まれるって聞いたが・・」
「それがさ、嫁さん。ほら、釣り船屋の娘さ。昔から病気がちだっただろ。」
「ああ、そうだそうだ。確か、子どもは産めないって言われたんじゃなかったのかい?」
「そうさ、だのに、どうしても産みたいって言ってさ。先月、入院したんだが、やっぱり、無理だったんだろ。一昨日、産院で亡くなったってさ。」
「そりゃあ、大変だ。で、子どもはどうだったんだい?」
「何とか、こどもは大丈夫だったらしい。」
「そりゃあ、良かった。・・だが、これからだなあ。」
「ああ、釣り船屋の主人も奥さんもずいぶんがっくりしててなあ。明日には,葬儀だってさ。」
「きっと、鉄三は悲しんでるんだろうなあ。」
「いや、鉄三もだけどな、銀二の奴がなあ。」
「どうしてだい?」
「だってよお、二人が一緒になる時も、釣り船屋の親父に掛け合って何とかまとめたしな。産院だって、皆、無理だっていうところばかりだったのを、あちこち探し回って見つけてきたんだ。父親より、動き回って、まるで自分の子どもが産まれるみたいに喜んでいたんだぜ。それがな・・・」

そこまで聞いて、女将は、すぐに厨房に入ってきた。
「和美ちゃん、今の話、聞いたわよね。」
「ええ・・・」
そう答えた和美の目には涙が滲んでいた。
「銀ちゃん、そうとう、がっくりしてるでしょうね。・・・いや、銀ちゃんのことだから、赤ちゃんの事でまた自分なりに何かできないかって動き回ってるのかも・・・」
そう言いながら、女将も涙を流している。

その悲しい知らせを聞いてから、女将は、とても客を迎える気分じゃないとさっさと店を閉めてしまった。
早い時間に、風呂を済ませた後、二人で部屋にいた。いつもなら陽気にビールを飲んでいるのだが、今日はそれさえもできない様子で、じっと部屋にいた。

和美は、あれからずっと考えていた。そして決心したように女将に話した。
「私、お役に立てないかしら?」
「どういうこと?」
「鉄三さんの赤ちゃんをしばらくお世話させてもらえないかって思うんです。」
「それは・・でも・・」
女将も、きっと銀二も赤ちゃんの世話をしてくれる人を探しているだろうとは思っていたが、そんな都合の良い話はないだろうと考えあぐねていたのだった。
「私、銀二さんに助けられたのは、きっと、このためだったんじゃないかって思ったんです。子どもを亡くした私と、母を亡くした赤ちゃん。きっと何かの縁だと思うんです。」
和美は真剣だった。今、自分に出来る、銀二への恩返しの一つになればという気持ちだった。
その様子を見て、女将も
「そうね。きっとそういう縁があったのね。わかったわ。釣船屋のご主人とは、古くからの知り合いだし、あなたの事は私の遠縁の娘という事にして話してみるわね。」
そう承諾してくれた。そして、
「明日、一緒に行きましょう。葬式が終わってから、話をしてみましょう。」


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