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2-3-7:葬儀 [峠◇第2部]

港近くの高台にある龍厳寺で、釣り船屋の娘の葬儀は、しめやかに行われていた。
弔問には、向島の住人や、釣船屋の客たちが大勢訪れていた。
祭壇には、まだ若い笑顔の娘の遺影があり、あまりにも早い旅だちに訪れる人も涙を流さずにはいられなかった。
葬儀の間、じっとうつむき、遺影の脇に座っていた主人とすがって泣く母親の姿は実に痛々しかった。
さらに、その横には鉄三が、ずーっと突っ伏して泣いていて、お悔みの言葉も届かないようだった。

葬儀が終わり、皆、帰ったところで、直子は、釣船屋の主人を探した。
釣り船屋の主人は、寺の裏庭に、ひとり立っていた。
直子は、主人を見つけたが、何と声をかけてよいか迷ってしまった。まだ、乳母の話を持っていくには早すぎたのではないかと躊躇っていた。そんな様子に、釣り船屋の主人のほうが気づいた。

「おや、直子さん。来てくれたのかい。」
主人の声はかすれていたが、予想以上にしっかりしていた。
「このたびは、ご愁傷様でした。」
と直子は頭を下げた。
「随分、久しぶりじゃないか。元気そうだね。店のほうはどうかね?。」
「お陰さまで、何とか食べていけるほどには・・・。銀二さんが良くしてくれるものですから・・」
「それは良かった。銀二は昔から直子さんには熱心だから。」
「ええ、主人が亡くなった時も、随分手伝ってくれて、本当の弟のようですわ。」
「そうか・・直子さんのご主人も、思わぬときに亡くなったのだったね。」
「ええ、突然でした。ただ、自分の好きな事をやりながら逝ったので本望かと・・・でも、娘さんはまだ・・」
と言い掛けて、どういえば良いのか言葉に詰まってしまった。
それを察して、主人が、
「ああ、昔から体の弱い子だったからね。子どもを産む事には反対していたが、こんな事になるなんて・・・。」
直子は何と答えてよいものかと言葉が出なかった。
「だが、もう後悔はしとらんよ。あの子が望んだ通りに、赤ん坊を産んだわけだから。きっと、これがあの子の運命に違いないからね。むしろ、娘の命は、赤子に繋がったんだと思うようにしているんだよ。」
「そう・・・ご主人がそうおっしゃるなら・・・今、赤ちゃんは?」
「ああ、まだ産院にいるよ。やはり、産まれた時、無理もしたのだろう。少し、様子を診てもらって、何とも無ければ、明日にも退院になるそうだ。」

「実は、ご主人に、折り入って、お願いがありまして。」
「なんだい?今の私に、何の頼み事かね?」
「いや、実は、遠縁の娘を今預かっているんですが。その娘、最近、事故で、子どもを亡くしてしまいまして。」
「それは不憫な事だ。」
「こちらの話をしたら、お世話させてもらえないだろうかって言うんですよ。自分の子どもの供養になるし、何より、乳が張ってしまってね。こちらの赤ちゃんのお役に立てないかっていうんです。」
「それは・・」
「厚かましいお願いだと一度は叱りました。ですが、とにかく一度お話だけでもと食い下がるものですから・・。」
「他人の子を育てるのは容易いことではない。その子はどんな子かい?」
「身元は私が保証します。おかしな子じゃありません。いえ、むしろ、しっかりしすぎてるくらいなんです。」
「若いのかい?」
「ええ、確か、まだ二十歳になったばかり。事故で、両親も我が子も亡くしたので、しばらくは心が壊れていたようでしたが、最近は落ち着いて、何か自分が役に立てる事はないだろうかって考えられるほどになっています。」

主人は少し考えてから、
「そう言ってくれるのも何かの縁かもしれないね。とにかく会ってみようかね。」
「まあ、ありがとうございます。今、寺の外に待たせているんです。すぐに連れてまいりますから。」
そう言って、直子は、主人と別れ、寺の石段を降りていった。

寺の門の脇道に、隠れるように、和美は立っていた。
直子は石段の途中まで降りてくると、和美の姿を見つけて、手招きをした。
和美は、石段を駆け上がった。
「とにかく会ってくれるって言うから。私の遠縁の娘と紹介しといたからね。出生の事を聞かれたら、事故で記憶がないと答えるんだよ。良いね。」
小さな声で直子は和美に言い含めた。そして、寺の裏庭へ和美を連れて行った。

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