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2-3-8:対面 [峠◇第2部]

「ご主人、これが、遠縁の娘で、名前は和美と言います。」
「このたびは、ご愁傷様です。和美と言います。」
「ほお、ベッピンさんじゃないか。何でも事故で子どもさんを亡くしたそうで・・」
「ええ、一月くらい前に事故で・・私もその時の怪我で、昔の事を余り覚えていないんです。」
「それは不憫なことだねえ。今、いくつになる?」
「二十歳になります。」
「生まれは?」
そこで、直子が口を挟んだ。

「済みません、ご主人。この子に昔の事や素性を訊くと具合が悪くなるようなんです。医者からも、自分から自然に思い出すまでそういう質問をしないように言われてるんです。」
「そうか。まあ、直子さんが身元を保証してくれるというなら構わないが・・」
「すみません。お世話はしっかりやらせていただきますので、よろしくお願いします。」
と和美は頭を下げた。

主人はその様子をじっくり見て、しばらく思案したようだった。そして、
「そうかい。まあ、しばらくは母親代わりが必要だし、お前さんがやってくれるならこちらも助かる。お願いしようかね。」
「ありがとうございます。一生懸命、お世話いたします。」
「で、いつから来てくれるかい?」
と主人が尋ねたので、横から、直子が、
「これからすぐにでも。ね、いいでしょ?和美ちゃん。うちにある荷物は、また、運んできます。まあ、荷物って言ったって、鞄ひとつくらいですから。」
「はい。よろしくお願いします。」

話は決まった。和美は、直子に礼を言って、主人の後についていった。

主人は、寺の事務所の横にある広間に和美を連れて行った。
広間には、奥さんと鉄三が座っているだけで、他に誰も居なかった。
主人は、部屋に入ると
「なあ、聞いてくれ。今しがた、紫の直子さんが来て、お手伝いにと娘を紹介してくれたんだ。」
その言葉に、奥さんと鉄三が顔を上げた。
「直子さんの遠縁の娘でな、名は和美というんだが、一月ほど前に事故で赤ん坊を亡くしたそうなんだが、うちの話を聞いて、赤ん坊の世話をしたいという事なんだが・・どうかな?」
突然の話に、奥さんも鉄三も困惑した様子だった。

「わしは、しばらくの間でも赤ん坊の世話をしてくれるなら、ありがたいと思って、承諾したんだが・・」
それを聞いて、奥さんが
「そんな、見も知らぬ人に大事な子どものお世話なんて・・」
と反対した。鉄三は、
「とはいっても、乳飲み子の世話となれば、大変な事。大丈夫なんでしょうか?」
と続けた。それを聞いていた和美が、
「和美と申します。どうかお願いします。私もまだ子どもを産んだばかりで、乳が張って仕方ないんです。自分の子どもへの供養のつもりで、・・いえ・・自分の子どもと思って大事にお世話しますから、どうか、お願いします。」
と心を込めてお願いした。

その言葉を聞いて、奥さんは、
「あなたの気持ちはわかります。でも、突然のお話でね。確かに、お乳のことは・・・。」
「お願いします。他にも、家のことやお店の手伝いもさせていただきますから、置いていただけませんか?」

そのやり取りを聞いて、主人が
「まあ、長い事ではなくて、しばらくの間という事でどうだろう。きっと、何かの縁だろうから、なあ。」
と奥さんを説得した。
奥さんも鉄三も、しばらくの間という事で了解したようだった。
「ああ、それとな。和美さんは、その事故で昔の記憶がないらしいんだ。昔の事を訊かれると、具合が悪くなるようだから、余り昔の事を訊かないようにしてやってくれ。身元は直子さんが保証してくれるっていうから。いいね。」
和美の事情は一応理解されたようだった。

「さあ、式も終わった。家へ帰ろうか。」
一同は、寺を出て、釣り船屋に向かった。石段を降りた脇道には、直子が待っていた。
ちょっと手を上げて和美に合図をした。そして、握りこぶしを作って『がんばれ!』と伝えた。
和美もこくりと頷いて答えた。
すぐ横には、銀二が樹の陰に隠れるように立っていたのが見えた。銀二は、和美をちらと見ただけで、すぐに消えてしまった。

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はな

こんばんは^^

ここまで読みました!
第一部の謎いっぱいのドキドキ感と違って、今度は一人一人のドラマを感じて何だかあったかい気持ちになってます♪
ちょっと切なくもありますが・・・。
by はな (2010-10-15 01:20) 

苦楽賢人

はなさん、温かいコメントありがとうございます。第1部は若干謎解きに偏ってしまってだんだん自分でも何が正義かなんてかんがえてしまった部分がありました。第2部はお話というよりも「銀二」と「和美」の人生の行き着く先を見たいなあと思って書き始めたんです。時々自分で読み返して、思わず泣いちゃう事もあったりして意外に面白いなあなんて、自画自賛しています。今「同調(シンクロ)」に入っていますが、はなさんのコメントが励みになっています。引き続きお読みくださると嬉しいです。

by 苦楽賢人 (2010-10-15 21:58) 

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