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2-4-2:赤ん坊 [峠◇第2部]

 翌日、ご主人と奥さんは、産院へ赤ん坊を迎えに出かけた。
和美は、赤ちゃんを迎える準備していた。部屋は、和美の隣の部屋だった。妊娠した事がわかってから、少しずつ準備されたのだろう。布団やおもちゃ、オムツ、肌着等一通りのものは揃っていた。和美はそれらをひとつずつ取り上げては、汚れやほつれ・傷みはないか確認した。おそらく、亡くなった娘は、女の子を期待していたのだろう。花柄やピンク色のものが多かった。

和美は、ふと、玉浦に居た頃を思い出してしまった。
妊娠した事がわかり、両親は、産むのを止めるよう毎日のように迫った。それでも押し切って、自分の家で産み、一歩も外に出ることなく過ごした数日。何も揃えて貰うことなく、名前すら付けてもらえず、まるで生を受けた事を否定されたような日々だった。それでも、その子と二人過ごした時間は幸せだった。あの火事が起こるまでは・・・。
準備をしながら、和美は涙がぼろぼろと零れてきた。とめどなく涙が溢れてきた。

昼近くになって、ご主人と奥さんが赤ちゃんを連れ戻ってきた。

「はい、ただいま。和美さん、この子が、『幸一』です。よろしくお願いしますね。」
奥さんは今日は機嫌が良かった。
まだ、目も開いていない真っ赤な顔をした赤ちゃん。祖母の腕に抱かれ、無垢な顔だった。
「ほら、和美さんに抱かせてあげなさい。」
ご主人がそう促した。奥さんはしぶしぶ、和美に幸一を手渡した。
「まあ、可愛い。それに温かくて良い匂い・・・」
抱き抱えた時の重みが、我が子を抱いた時とまったく同じ感覚であったため、つい涙がこみ上げて来た。
亡くなった娘さんもこの重みと温もりを感じたかったに違いない。そう思うとさらに涙がこみ上げて来た。
「すみません。何だか、感傷的になってしまって・・・。」
「仕方ないさ。私たちも、産院でこの子を抱き上げた時、しばらく涙がこぼれて動けなかったんだから・・」
ご主人が、淋しげな笑顔で答えた。
奥から、鉄三が顔を出した。
「おお、鉄三。今、帰ったぞ。ほら、幸一だ。抱いてやりなさい。」
そう言われて、鉄三が、恐る恐る近づいた。我が子だというのに、どうしていいのかわからなかった。
そんな様子を見て和美が、
「はい。頭を支えてあげてください。そう、ひじを曲げて体を置くようにして・・そんなに強く触らないで・・重くないから・・ほら・・もう、大丈夫ですよ。ね、お父さん。」
と、ゆっくり手を添えながら教えた。

鉄三は、言われるままに我が子を抱き抱えた。『お父さん』の言葉にどきっとして、背筋が伸びる思いがした。
ご主人が、
「おお、鉄三が『お父さん』か。何だか頼りないが、立派なお父さんだ。」
と先ほどよりもはっきりとした笑顔で言った。
「お・・お父さん?何だか実感がないけど・・。大事に育てます。もっともっと頑張って働きます。」
鉄三は、お父さんと呼ばれ、我が子を見て、強く決心したように答えた。
その声に驚いたのか、急に、幸一が泣き始めた。
鉄三が慌ててあやそうとしたが、ますます泣き声は大きくなるばかりだった。
「きっとお腹が空いたのよ。」
と奥さんが言い、和美に手渡すように促した。

和美は、赤ちゃんを受け取ると、ご主人や鉄三の目は気にもせず、胸を肌蹴て、お乳を吸わせた。
赤ちゃんは、和美の乳首に吸い付くと、ごくごくと音を立てるようにお乳を飲み始めた。
「これこれ、あんたたち、何見てるのよ。」
と奥さんが、ご主人と鉄三を突付いた。こりゃ失敬とばかり、男どもは,奥へ入っていった。

「しっかり飲ませてね。」
「はい。こうやって、お乳を吸われてると、とても幸せな気持ちになれます。本当にありがとうございます。」
「礼を言うのは私たちのほうよ。これで、この子も、人のぬくもりを知って、きっと良い子に育つわ。本当にありがとうね。娘の分までお礼を言わせてね。ありがとう。」
そう言いながら、奥さんは涙を流していた。

両方のおっぱいをしっかり飲んで、赤ちゃんはまた眠ってしまった。
和美は赤ちゃんを抱いたまま、用意した2階の部屋に連れて行った。そして、真新しい赤ちゃん用に布団に優しく寝かした。男の子には不似合いなピンク色の布団だったが、その柔らかい色がまるで母に抱かれて眠っているように見えた。

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