SSブログ

file1-4 誘拐現場 [同調(シンクロ)]

F1-4
3人は、急いで、警察署の裏口から駐車場に向かった。パトカーを使うわけにはいかない。
「私の車で行きましょう。ねえ、一樹、運転して。」
亜美は、通勤で使っている軽自動車のキーを投げた。
「お前、俺は運転手か?それに、俺はお前より年上なんだぞ。呼び捨てにするのはやめてくれよな。」
そう文句を言いながらも、運転席に乗り込んで運転を始めた。
亜美は助手席、レイは後部座席に座った。

石崎町は署から20分ほどのところだ。産業道路を真っ直ぐ走ればじきに着く。

「ねえ、さっきのメモ、見せてよ。」
一樹は、ズボンのポケットから取り出して渡した。メモは、佐藤が会議中に走り書きしたものだった。
『権田さき(小1)、祖父権田健一、魁トレーディング会長。』

「きっと誘拐された女の子が権田さきちゃんね。そして、祖父の権田健一が通報してきたんだわ。」
「権田って言えば、相当有名人だ。10年くらいで大きな会社にしてきたやり手だな。」
「じゃあ、身代金誘拐かしら。・・・成功なんてしないのに。」
「いや、金目的じゃないだろう。金が欲しいなら、会長本人を誘拐したほうが成功する。」
「え?」
「亜美は知らないだろうが、警察に通報されてくる誘拐事件は大抵の場合、怨恨が根底にあるんだよ。金目的なら、金を持ってる本人を誘拐して、直談判したほうが手っ取り早いからな。しかし、これだけの情報じゃなあ。」
「そうね。」
「石崎町も広いし、工場だらけだしなあ。」
後部座席のレイは、また、両手で頭を包み、目を閉じてじっと何かを掴もうとした。
バックミラーでその様子に気づいた一樹が声を掛けた。
「どうだい?なにか”感じた”かい?」
レイは何も答えなかった。

遠くに風車とクレーンが見えてきた。
「その子の話が本当ならこのあたりなんだけどなあ?」
一樹はゆっくり車を走らせる。何しろ、埋立地に工場誘致をしたエリアで、大小の工場があちこちにある。最初の頃にできた工場や事務所は廃墟のようになっているものもあって、怪しいところばかりだった。
日もすっかり暮れ、夜の闇が広がり始めた。24時間操業の工場の明かりや、港湾のライトもあるのだが、やはり、工場地帯で人影など無い。一樹は、目を凝らしてあたりを探っているが、なにしろ情報が足りない。何を探すべきなのかも判らなかった。

急に、レイが声を出した。
「そこです!女の子の思念波が出てるところ。ほら、そこです。」
レイが指差した先には、『武田フーズ』という看板が掛かった工場が見えた。廃工場と言うよりも、少し休業している程度で、確かに、出入り口は草が伸び放題になっていて、人の出入りはほとんど無いようだった。工場の脇に小さな2階建ての事務所があった。2階の窓のカーテンの隙間から、ほんのりと灯りが漏れていた。事務所の横には白いバンが停まっている。

一樹は車を停めた。
「確かに状況としては充分だ。だけど、何も確証が無い。休業中の工場、消し忘れの電気、あるいは、偶然、社員が事務所に立ち寄ったということだってあるだろ。・・とにかく、そこに女の子が監禁されてる確証がまったく無いんだ。これじゃあ、踏み込む事もできないだろ。」
「じゃあ、このまま何もできないってこと?」
「とにかく、あそこにさきちゃんがいることの確証が・・・。」
「絶対に、あそこなんです。早く助けないと・・」
じりじりした時間だけが過ぎていく。
「もう私が様子を見てくる!」
亜美がそう言って助手席のドアを開きかけた時だった。1台の黒い乗用車が後方からやってきて、工場の中に入って停まった。
運転席から、30代くらいの痩せた男が降りてきて、外階段を上って事務所に入っていった。

「なあ、亜美!車の番号から持ち主を照会してもらえないか?」
亜美はすぐに携帯で署に連絡した。交通課の同僚がまだ残っていて、すぐに持ち主がわかった。
「加藤祐一、・・元、魁トレーディング部長・・ああ、権田の娘婿よ。離婚したらしいけど。」
「ということは、この事件、我が子を誘拐して、義父を脅してるってことになるな。」
「なんて親なの?・・我が子を怖い目にあわせて・・」
「これで、あそこにサキちゃんが監禁されているのはほぼ間違いないな。」
「じゃあ、すぐに助けに行きましょうよ。」

「待って!」
後部座席からレイが叫んだ。
「今、あそこには男が二人いるみたい。何か揉めてる様子よ。サキちゃんがとっても怖がってる。」
「何だって?加藤以外にも誰かいるのか?・・・一人じゃ、ちょっと無理だな。かといって、亜美を危険な目に会わせると署長がなあ・・・。」
「ねえ、出てくるわ。」

加藤が、何か言いながら、事務所から出て車に乗り込んだ。そして、すごい勢いで出て行った。
「よし、これで一人だな。踏み込むか!」
「待って!・サキちゃんの前に、何か・・・あ、男がナイフのようなものを持って立ってるみたい。」
「くそ!ナイフか!たいした武器じゃないけど、さきちゃんを人質にされたんじゃなあ・・。」

刑事ドラマでは、こういうシーンでは颯爽と踏み込んであっという間に解決なんてあるが、実際はそうはうまくいかない。逆上した犯人を取り押さえるなんて、そんな簡単じゃないのだ。

nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント

トラックバック 0