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file3-1 最上階の特別室 [同調(シンクロ)]

 レイは、神林病院の最上階14階にある特別病室に居た。
 ドアの前には、入院患者名を示す名札は出ていない。
夜遅くから降り始めた雨で、窓ガラスには雫が行く筋も流れ落ちていた。レイは雨に滲む街明かりをじっと見つめていた。
 病室の中には、人工心肺や点滴、心電計等最先端の医療機器が整然と置かれていて、正確なリズムを刻む音だけが響いていた。
白いベッドには、美しく長い黒髪、白く透き通るような肌の女性が横たわっていた。そのさまは、「眠れる森の美女」であった。
 レイは、ベッドに向き直り、呟く様に言った。
「これで良いのよね。」
そして、その女性の手を強く握り、大粒の涙を零した。

しばらくして、病室のドアをノックする音がした。
「レイ、いるのかい?」
「ええ。」
病室に入ってきたのは、祖父で病院長の神林章一郎だった。白衣に聴診器のいでたちで、頭髪はすっかり白髪ではあるが、現役の医師としての風格をもった人物である。専門は脳外科である。今も、手術を一つ終えたところであった。
章一郎は、病室に入ると、医療機器の数値やモニターを一通り見て、横たわる患者の顔を覗き込んだ。そしてため息を一つついた。そして、レイに向かってそっと病室の外へ出るように指差した。

章一郎とレイは、エレベーターの中にいた。
「おじいさま、お疲れじゃあ・・」
「ああ、さっき、一つ手術を終えたばかりだ。いや、そんなに難しい手術じゃなかった。」
「そう・・」
章一郎もレイも本題の話は別にあるのだが、なかなか切り出せなかった。

エレベーターは1階に着いた。
病院から自宅は、通路でつながっていた。二人が歩く足音だけが響いていた。

「あまり無理をさせないほうがいい。」
章一郎の低い声が響く。レイも様子をみてわかっていた。
「ええ・・でも・・私のほうからは・・」
「それは、判っているよ。だが、かなり疲れが出ているようだ。今日も、何度か、発作を起こしていた。」
「あとどれくらい・・」
「今は、何とか機械に頼っているというところだ。・・しかし、末梢部分はもうかなり機能低下している。限界かもしれない。」
「そう・・」
「きっと本人が一番判っていると思うが・・」
「もう少し時間が欲しいわ。」
「ああ・・しかし・・・」
それ以上のことは口にしなかった。
口にしたところで何も変わるわけではないのは判っていた。今はできる事を精一杯やるだけだと、二人ともわかっていたのである。

自宅の前に着いた。病院と同じく無機質なスクエアな建物に明かりはついていなかった。
玄関を開けると自動で室内照明がつく。広々した玄関から廊下、2階に続く螺旋階段。所々に飾られた油絵。隅々まで掃除が行き届いていた。レイは2階にある自分の部屋に向かおうとした。

「レイ、お前は大丈夫なのか?」
「ええ・・でも、意識をつないでおく事はかなり大変・・だんだん混沌としてくる時間が長くなって・・」
「無理するんじゃないよ。お前だって、いつ・・」
「判っています。いつか私も・・」
「大丈夫だ。自分をコントロールすれば大丈夫さ。今回の件が終われば、その力は封印してあげるから。」
レイは章一郎の言葉を聞きながら、自分の運命を想像し、涙を零した。そして、ゆっくりと階段を上がっていった。

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