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file3-7  スナック 「リング」 [同調(シンクロ)]

F3-7 
一旦アパートに戻った一樹は、着替えて外出した。
もうすでに夜10時を回っていた。アパートの前にある城跡公園を抜けて、市電通りに出るとタクシーを拾って、郊外にあるスナックバーへ向かったのだ。
葉山が撃たれた事件のあと、しばらくは捜査本部が動いていたが手がかりのないまま、縮小して今は実質的に捜査は進んでいなかった。刑事課から資料室へ移った一樹は、そのあとも一人で事件につながる情報を求めて、勤務時間の後、夜の街を彷徨った。事件現場で接触した犯人のうち一人は確実に外国人だったと今でも確信しており、手がかりを求めて、繁華街や外国人の集まる店、スナック等も虱潰しに歩いてきたのだ。そして、この1ヶ月ほどは、これから向かうスナックに足を運んでいたのだった。

重いドアを開く。カウンターの隅に座っていた女性が立ち上がって、
「いらっしゃい。」
と迎えた。
派手なドレスを着て、長い髪は束ねてあり、スレンダーな、見るからにスナックのママとわかる女性が一樹に近寄ってきた。他に客はいなかった。
「今日は、遅いのね。」
そういうと、流しのほうへ回り、冷蔵庫からビールを1本取り出し、一番奥の席に置いた。

ママの名前は、ソフィアといった。もちろん本名ではない。日系の外国人であった。
一樹は、いつもビール1本注文し、ほとんど呑む事もなく、店が終わるまでカウンターの隅に座っていた。その様子をソフィアは随分訝しく感じたので、事情をしつこく訊き、根負けした一樹が、一通りの事情を話していた。ソフィアは事情を聞いて、情報提供の協力をする事にした。・・もちろん、一樹の話には、外国人が皆犯罪者のように言われているようで憤慨したが、実際、知り合いの日系人にも確かに窃盗や暴力事件を起こす人間もいて・・それは日本人も同様のはずなのだが・・猜疑心の塊のような一樹に協力する事で、そういう輩を減らせるならばと考えての結果だった。

一樹が席に着くと、ソフィアはビールを注いだ。
一樹がいつもより疲れた顔に見えたのか、ソフィアが
「何かあったの?」
と訊いた。
「いや・・まあ・・特にはな・・・それより、今日はなんだかいつもと違うな。」
「そう?」
一樹はソフィアを改めて見た。
「そうか・・なんだか今日はやけに・・ドレスのせいか。いつもはもっと地味な感じなのにな。何だか、綺麗だな。」
ソフィアは少し嬉しそうにしたが、その後悲しい表情になった。
「どうしたんだ?」
「・・・私、国へ帰らないといけなくなりそうで・・。」
「一体何があったんだ?」
「・・不景気で、知り合いや親戚も仕事を首になってね。・・友達も随分帰っちゃったし・・」
「でも、ソフィアは日本で生まれて、確か両親も・・」
「うん。でも、その両親が帰ろうかって言い出してね。」
「そうか・・淋しくなるなあ。」
「そう思ってくれる?じゃあ、私と結婚して!夫婦になってれば、日本に残れるから。」
ソフィアは唐突に言い出した。半分本気のような口ぶりだった。
「馬鹿いってんじゃないよ。・・俺は警察官だよ。そんな不法滞在に手を貸すわけには行かないよ。」
「不法滞在なんて・・本当に一樹のお嫁さんにしてくれればいいじゃない。私、一樹のこと好きよ。」
また、本気なのか冗談なのかわからないような口ぶりで言った。

そんなやり取りをしていると、店のドアが開いて、数人の客が入ってきた。もうどこかで飲んできたのだろう。出来上がっている様子だった。
ボックス席にどかどかと座ると、
「おい!・・なんだい、ママ一人か?・・若い子は居ないのか?」
真ん中に座った少し大柄で太った中年の客が大きな声を出した。後の二人も、同じような事を口走った。
ソフィアは、一樹に「ゴメンネ」というように強く手を握ってから、カウンター下のドアを抜けて客席に回り、コースターやコップを運んだ。
「すぐに女の子呼ぶから、待っててね。」

ソフィアは、どこかへ電話をした。ほんの1分ほどで、2人の女の子が裏口からやってきた。ソフィアとその女の子達は、流しの奥で小声で何か話していたが、すぐに客席に入ってきて、ボックス客の相手を始めた。ソフィアはすぐにボックス席から離れて、一樹のところに戻ってきた。

「最近、時々来るのよ。」
ソフィアは、あまり来て欲しくない客だと言わんばかりの顔つきでそう言った。
「あの子達、いつもは居ないよな。」
「ええ、先月までは、近くの工場で働いていたんだけど・・首になったのよ。来月には国に戻るって言うから、それまで、この店を手伝ってもらう事にしたの。」
「そうなのか。」
「でもね・・帰ったってね・・あの子達も私同様、日本で生まれて育ってるから・・まるで日本から追い出されるようで・・・」
ソフィアの目には涙が滲んでいた。一樹はどう応えて良いかわからず目の前のビールをごくりと飲んだ。

「きゃあ!やめて!・・やめて!」
女の子の一人が突然叫んで立ち上がった。そして、一樹のいるカウンターの奥へ逃げてきた。もう一人の子も同じように叫んで、客の顔を平手で叩いてしまった。



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