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file4-3 由紀ビューティクリニック [同調(シンクロ)]

パーティの翌日、亜美は、昨夜のベンツの照会をしていた。
「社用車みたいね。・・ええと、KTC?何だろう。でも、パパの言うような会社ではなさそうだけど・・。」

一樹は、朝出て行ったきりだった。もう昼前になる時間だった。
「・・うーん・・」
何かうなりながら一樹が部屋に戻ってきた。
「一樹、どこ行ってたの?」
「いや、ちょっと調べ物でさ・・・ああ、昼、買ってきたからどうだ?」
一樹はコンビニで買ってきたような袋を差し出した。サンドイッチや飲み物が入っていた。二人がこうして昼食を一緒にとるようになったのは、随分昔からだった。特に理由があるわけではなかったが、亜美が勤務し始めた頃は、亜美が弁当を二人分作ってきたのがきっかけで、自然に一緒にとるようになっていた。最初は、同僚たちから冷やかされていたが、どうも「恋人」という関係ではなく、「兄妹」という関係なのだと皆思うようになっていた。一樹にとっては、本当に「妹のように」思っている。一樹は早くに両親を亡くしていて、署長の紀籐に何かと面倒を見てもらっていて、一時は紀籐の家に住んでいたこともあったからだ。

「なあ、亜美。午後からちょっと一緒に行ってもらいたいところがあるんだよ。」
サンドイッチを頬張りながら一樹が切り出した。
「良いわよ。で、どこに行くの?」
缶コーヒーのプルタブを開けながら亜美が答えた。
「由紀ビューティクリニックなんだ。」
「ビューティクリニックって・・美容外科?そんなとこ、何調べているの?」
「いや、前の事件の事もあるし、ちょっと知りたい事があって・・」

一樹は、スナックで耳にしたことを亜美にも話した。
「ふーん・・それで、この前、パソコンで変な画面見てたんだ。でも、どうして一緒に?」
「さっき、行ったんだよ。でもな、『男性の立ち入り禁止』って玄関の横に貼り紙が出ていたし、・・その何だが恥ずかしいというか・・女医って苦手なんだよ。なあ、頼むよ。」
「いいけど・・それで、その『無料の手術』の噂を聞いてみるのね。」
「ああ」

二人は、昼食を済ませて、すぐに、『由紀ビューティクリニック』へ向かった。

「ここだ。」
大きくて高い塀に囲まれ、5階建ての病院。白亜の殿堂といってもおかしくない造りで、とても病院とは思えないものだった。大きな門から入ると、また大きな来客駐車場があった。確かに、玄関の前には「男性立ち入り禁止」の貼り紙があった。
二人は、自動ドアの前に立ったが開かなかった。代わりに、ドアの脇にあるスピーカーから声がした。
「御予約のお客様でしょうか?」
二人は周囲を見回した。玄関の上にカメラがついていた。
「いえ・・私、橋川署の紀籐といいます。隣は、矢澤。少し院長にお話が聞きたくて・・」
そう答えて、カメラに向かって警察バッジを提示した。
「しばらくお待ち下さい。」
そう返事が返ってきた。しばらく待っていると、自動ドアが開いて、中から加藤院長が現れた。
白衣は着ていなかった。高価そうなワンピースとハイヒール、昨夜のパーティの時とはまた違った洋装で現れた。少し苛立っているのか、眉間にしわを寄せて
「何の御用でしょうか?事件の事は全てお話しました。用件があるなら事前に連絡して下さい。」
「すみません。」
二人とも頭を下げる。なんだか妙な気分だった。
「とりあえず、こちらへ。」
加藤院長は二人を玄関脇の庭のほうへ案内した。そこは、一段高く、イングリッシュガーデン風の造りになっていて、中央辺りに、椅子が置かれていた。
「で、何の御用かしら。・・もうすぐ御予約のお客様がいらっしゃるので手短にお願いします。」
そう言いながら、椅子に腰掛けた。二人も脇の椅子に腰掛けてから、一樹が質問に入った。
「すみません。・・ああ、事件のほうは別の刑事が担当で・・確か、送検準備に入ったと聞いていますので、これ以上はないと思います。」
「じゃあ、何の御用なの?」
「・・ちょっとおかしな事を耳にしまして、もし院長が御存知ならと・・実は、若い娘に無料で美容手術をして仕事まで世話してくれるっていう病院があるらしんです。単なる噂かもしれないんですが・・いかがでしょう。」
「ふ・・馬鹿げてるわ。そんなおいしい話あるわけないじゃない!」
「いや、僕も最初はそう思ったんですが・・どうも、事実らしいんです。その勧誘を受けて実際に手術を受ける直前だったって娘に会いましたから・・」
「ねえ、貴方、美容手術ってどれくらい掛かるのか御存知なの?」
「ええ・・ネットでいろいろ調べました。保険が利かない手術が多くて、法外な値段だと・・儲かるんだなって・・」
「貴方ねえ、医者を前に・・いいわ。教えてあげる。・・ちょっと貴女、立ってみて!」
亜美は院長から言われて思わずその場で直立した。
「いい?例えば、この娘の美容整形なら・・そうね、スタイルはまあ良いほうだから、・・そうね、顔。鼻をもう少し高くすっきりして、目も少しパッチリさせて、この口元もちょっとだらしないから口角を上げて可愛くする・・そういう手術だけでも100万円以上するのよ。もちろん、それだけじゃダメ。術後のメンテナンス、化粧の仕方とかスキンエステなんかも必要ね。・・美白手術っていうのも必要かも・・」
一樹はそれを聞きながら、亜美の顔がどんどん鬼のような形相に変わっていくのを感じていた。
「ちょっとした手術でも、慎重な準備や技術が求められるの。だから、無料でなんてありえないわ。」
「そうですか・・ちなみに、豊胸手術ってのはどうですか?」
院長は、ちょっと顔色が変わったように見えた。
「豊胸手術?・・・そうね・・この娘の場合だと・・あら、案外、良い形してるじゃない。もうちょっとボリュームが欲しいところね。」
院長は容赦なく亜美のバストを触った。
「もう!やめてください!私は絶対受けませんから!」
亜美がついに爆発した。そして椅子に座り込んだ。
「まあ、もったいない・・ちょっとボリュームを増やすだけでもっとチャーミングになれるのに。」
「で、その手術ってどういうものなんですか?」
一樹は、亜美の爆発振りには可笑しかったが、こらえて話を訊いた。
「いろんな方法があるわ。昔は、バストの下を切り開いて中にパットのようなものを入れ込んでかさ上げする方法が多かったけれど・・負担も大きくなるから・・うちでは、注射による方法と、脇に小さな切れ目をつけて・・これは、企業秘密だからこれ以上はダメ・・でもすぐに手術も終わるし負担も少ないからかなり高価になってるわ。」
「そうなんですか・・」
「だから、無料で手術が受けられるなんてありえないわ。」

そこまで訊いた時、院長の持っている携帯が鳴った。院長は立ち上がって、二人から少し離れて電話に出た。
「今、警察が来てるから、後で連絡する。・・」
二人には聞こえないような小声でいうとすぐに電話を切った。

院長が電話を終えたとき、
「ありがとうございました。勉強になりました。失礼します。」
一樹はそういうとさっさと引き上げて行った。亜美も、さっと頭を下げて一樹の後を追った。

院長は、二人が車に乗り、門を出て行くまでじっと見送っていた。


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