SSブログ

-ナレの村-3.篝火 [アスカケ第1部 高千穂峰]

村の真ん中の広場には、大きな篝火が焚かれていた。夕日が沈み、辺り一面、夜の闇が広がり始めていて、篝火の明かりが村中を照らしていた。
それぞれの家々から、男も女も手に手に食べ物を抱えて、篝火の周りに集まり始めていた。

儀式の合図の銅鐸が打ち鳴らされた。
今宵は、アスカケの道へ旅立つ若者の、旅の無事を祈る儀式が開かれるのだった。

巫女の「セイ」が、紅花で染めた衣を纏い、勾玉の首輪を幾重にも飾りつけ、頭には鷹の羽で飾った冠のいでたちで、ゆっくりと高楼に姿を現わした。
すぐ、後ろに、村の長老「テイシ」が続く。テイシも同じようないでたちだった。そして、少し離れて、アスカケに出る若者「ケスキ」が続いた。
ケスキは今年で15になる。この村で生まれ、この村で育った。ケスキは父に似て筋骨隆々の大男だった。村の命たちにも、力自慢では負けないほどだった。

村の者たちは、篝火の周りに座り、高楼を見上げ、静まった。

セイは、いにしえより伝わる、祈りの言葉を唸りながら、高楼に設えられた神台に高く積まれた「ゆずり葉」を手に取ると四方に撒き始めた。そして、ケスキの前に行くと、勾玉の首飾りをひとつ外すと、ケスキの首にかけてから、ケスキの額に紅を使って、一族の証の印を付けた。
 
一通りの祈りの儀式が終わると、長老のテイシが高楼から下に向かって声を出した。

「明日朝、ケスキはアスカケへ出る。今宵は、皆で命の息を分けてやってくれ。」
その声を合図に、篝火の脇に置かれた打木を男たちが叩き始める。笛の音が響き、その音色に乗せて、女たちが舞う。そして、それぞれに持ち寄ったご馳走に手をつける。長老から順番に濁酒が酌み交わされる。男も女も、皆、次々にケスキの隣に座り、声を掛け背を叩く。これが、長老の言った「命の息を吹き込む」風習であった。

若い娘たちは、透き通るほど薄く織られた絹の衣を首から肩へ掛け、優雅に舞う。次第に、笛の音が大きく響き、男たちも混ざって、にぎやかな踊りへと変わっていく。そのうち、踊りつかれた娘が、カケルたちの座っているところにやってきた。そして、イツキに手を伸ばし、踊りに誘った。イツキは、戸惑っていた養子だったが、ナミが、こう言った。
「行っておいで。イツキの母様も、踊りが上手だったから。きっとイツキもうまく踊れるはずよ。さあ。」
イツキは、その言葉ににこりと頷き、娘から羽衣を掛けられ、踊りの輪の中へ入っていった。
篝火に照らされたイツキは、ナミが言ったとおりに、娘たちの中でも負けないほどに、美しく踊った。カケルもつられて踊りの輪の中へ入っていった。
にぎやかな宴は続いていた。皆、濁酒を酌み交わし、踊り、歌い、それぞれに入れ替わり、ケスキの傍に来て声を掛けていた。
その宴の脇で、じっとケスキの様子を見つめ、涙を零す娘がいた。ナミが静かに近寄り、隣に座った。
「大丈夫よ、きっと戻ってくるわ。」
娘はこくりと頷き、ナミにもたれかかるようにして声を殺して泣いた。
「ケスキは、この村でやりたいことがあるんでしょ?だからきっと戻ってくる。」
娘は、ナミの胸に顔を埋めたまま、小さく言った。
「・・海に出るって・・・ケスキの父様も命を落としかけたって・・」
「でも、ちゃんと村に戻ってきたでしょう。貴方もケスキを信じて待っていましょう。」

アスカケに出る青年に恋心を抱く娘。村に戻る青年にその事を伝えてはならないのが、村の女たちの掟になっていた。アスカケへ出かける青年が、自分の生きる道を定めるための過酷な旅を途中で挫折しないための女たちの精一杯の思いなのであった。

kagaribi.jpg


nice!(12)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 12

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント

トラックバック 0