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-ナレの村-4.ナギのアスカケ [アスカケ第1部 高千穂峰]

4.ナギのアスカケ
「ねえ、アスカケって何?」
踊り疲れ、父母の元へ戻ったイツキは、昼間に摘んできた山桃の実を摘まみながら言った。カケルは、黍団子を何個か口に入れて、自分も確かな事を知らないのを誤魔化すようにもごもごと答えた。
脇で、濁酒の入った竹筒を口に運びながら、ほろ酔い気味の父ナギが答えた。
「アスカケは、自分を見つけるための旅だよ。」
父の言葉の意味は6歳の子どもには充分に理解できず、カケルもイツキも顔を見合わせた。
アスカケの道とは、村を出て、九重の山々を超え、まだ見ぬ世界で自らの生きる意味を問う旅であり、その終着点は自ら決める。村を出て、短い期間で村に戻ってもよし、一生放浪を続けてもよし、ただ、ひとつ、自らの生きる意味を見つける事とされている。
これまで、アスカケの道に旅立った男の半数は村に戻り、村のために自らの生きる意味を心に留め、ひたすらに生きている。半数は行方知れずだが、アスカケから戻った男からの話で、消息のわかるものも居た。村に戻った男はほとんどが村の外から嫁を連れて帰ってくる。
そう、アスカケの道は、外の世界との交流の乏しい高千穂の山間の村にとって、血が濃くならないための自衛の手段でもあった。また、外界の情報を得て、時代を進める力にもなっているのであった。そして、この時代、九重の国の村々にはみな同じような掟があった。
「父(とと)様の、アスカケはどんなだったの?」
カケルは、自分で獲ってきたヤマメの串焼きを手にしながら訊いた。隣にいたイツキも興味深げな顔でナギを見た。ナギは、もう一口、濁酒を飲むと、篝火をぼんやり見つめながら話し始めた。
「俺のアスカケは、御山を越え、九重の山を目指した道だった。御山を越えると、もっと大きな山が連なっていた。見えるものはすべて深い森。そこを何日も何日も歩いた。いよいよ疲れ果て、もう歩けないと思った先に、ウスキという村があった。」
「そこはどんなところだったの?」
カケルは、食べるのを止め、じっと父ナギの顔を見ている。イツキもカケルの横で同じようにナギの顔を見ていた。
「そこは・・・ナレとよく似た村だが・・ここよりも小さく、暮らしは厳しい。俺が辿り付いた時は冬。ここより寒さが厳しくて、凍えるようだった。だが、皆、優しかった。・・おお、そうだ、そうだ。その村には、深い深い底なしの淵があった。その淵には、大きな主がいた。村のものは、毎朝、淵でお祈りをし、主を宥めてから、魚を獲らせてもらっていたんだ。」
「とと様も獲った?」
「いや、淵に入れるのは選ばれたものだけだった。俺は、その村の長老に世話になった。村の中でいろんな仕事をした。そして、縄を編む事を教えてもらった。・・それが俺のアスカケだと決めたんだ。」
「縄を編む事がとと様のアスカケ?」
「ああ・・ナレの村も谷が深い。お前たちが獲物を取りにいくとしても、深い谷を降り、また登り、時には谷底に落ちる事もある。・・ウスキの村も同じだった。だから、強い強い縄を作り、谷に縄橋を掛ければ皆安心して獲物を獲りにいけるだろう。」
「じゃあ、西の谷の橋もとと様が掛けたの?」
「ああ、そうだ。あそこだけじゃない。御山へ向かう道にもいくつか作った。もっともっと作って村の人が楽に行けるようにしたいんだ。」
「ふーん。」
カケルとイツキは、感心したようにナギの顔を見ていた。
「それとなあ・・かか様に出会ったのも、そのウスキの村だったんだ。」
「え?かか様は、ウスキの村にいたの?」
カケルは初めて聞いた話に驚き、脇に座っていた、母ナミの顔を見た。ナミはにっこりと微笑んでからゆっくりと口を開いた。
「ええ、そうよ。ナギ様は、とても疲れていてね、しばらく動けなくなっていて、私が介抱したのよ。・・元気になるまでの間、毎日のように、ナレの村の話を聞いていたわ。」
「それで?」
「ナギ様は元気になって、ウスキの村で一生懸命仕事をしたわ。壊れた家を直したり、堀を大きくしたり、田んぼも作ってくれた。村の人は皆、ナギ様を信頼した。私のとと様もすっかり気に入って、二人が一緒になる事を許してくださったのよ。ナギ様が縄編みを覚えた頃、二人で一緒にナレの村に戻ってきたのよ。」
「へえ・・そうだったの。ウスキの村かあ・・僕もいつか行ってみたいなあ。」
「そうね、じじ様やばば様に会えると良いわね。」
夜の闇空に、篝火が赤々と燃え、夜は更けていった。
旅立ちの儀式と祝いの宴も終わり、それぞれ皆家に戻って行った。
カケルは、寝床に入ってからも、父や母に聞いた話を思い出し、胸の中が妙に高鳴るのを抑え切れなくてなかなか寝付けなかった。頭の中に、まだ見ぬ高千穂の峰からの風景や、その先に続く九重の山々、そして、その中にひっそりと存在するウスキの村。紺碧に輝く底なしの淵とそこに住む大きな主。いつしか、カケルは夢の中で、その主にまたがり、淵の中を泳ぎまわっていたのだった。

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