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-ナレの村-5.ケスキの旅立ち [アスカケ第1部 高千穂峰]

5. ケスキの旅立ち
翌朝、日の出とともに、皆起きだしてきて、ケスキの旅立ちを見送った。ケスキは、真新しい服と毛皮を身にまとい、片手には、銛を持ち、腰には剣を挿し、背中には、わずかな食糧を布に包んで背負っていた。ケスキの父「シシト」と母「モヨ」がじっと見守っていた。ケスキは、村の出口の門の前に立ち、村の皆のほうを見渡してから、大きな声でこう言った。
「俺は、必ず帰ってくる。自分のアスカケを見つけ、必ず戻る。皆、元気でなあ。」
そして、くるっと向きを変え、走り去るように門を出た。カケルとイツキは、門にすがりついて、その様子を見ていた。
門の前から、南へ谷を降りていく細い道が一本続いている。ケスキは、下り道を飛び跳ねるように降りていく。徐々に、足音も遠ざかり、静かになっていった。

「ねえ、ケスキはどこに行ったの?」
イツキが、傍にいたカケルに訊いた。
「・・うん・・南に行くって言ってたよ。南には煙を吐く御山があるんだって。その先には、淵より大きな <うみ> というのがあって、そこからまだ先に行けるんだって。」
「その先には何があるの?」
「そこから舟に乗って、どんどん行くと、海の中に <しま> というのがあるんだって・・」
「そこに何があるの?」
「さあ・・でも、ケスキは、そこに岩を割る人たちがいるって言ってた。自分も大きな岩を割れるようになるんだって・・そしたら、戻ってくるんだって。」
「どうして?」
「・・・ほら、東の尾根に大きな岩があるだろう。あれを割るんだって。そしたら、東の尾根にある畑にも行き易くなるだろ。あそこは、大きな畑が作れるから、もっとみんなの食べ物を作れるようになる。そのために岩を割る力を身に付けたいんだって。」
「ふーん。」

ナレの村は、東西に伸びる高千穂の峰の尾根に囲まれた小高い丘の中にある。30ほどの家族が暮らすには充分なのだが、畑地をもっと増やしたいと長年村の人は努力してきた。西の尾根はなだらかだがその先には深い谷がある。
東の尾根の先には、慣れの村よりも広い平地があるのだが、そこへの道は、尾根にのぞく大岩を登って越えるか、その下に作った狭い山道を通るほかなく、よほど足腰の丈夫な人間しか行く事ができなかったのだ。これまでにもそこを越えようとして何人かの村人が命を落としていた。その岩を割る事ができ、畑を広げる事ができるなら、村にとって大きな財産になる。

カケルとイツキの会話を聞いていたケスキの父「シシト」が呟くように言った。
「無事に戻って来れればいいが・・・」
ケスキの父シシトも、アスカケの道でケスキと同じように石を割る力を得ようとした。ケスキはその話を幼い頃から聞いていて、自分のアスカケでも、父と同じように石を割る力を得ようと考えたのだった。シシトも同じように南を目指して旅立った。しかし、煙を吹く御山にたどり着いた後、舟で更にその先へ進もうとしたが、海が荒れてその先へ進めなかったのだった。結局、シシトは、煙を吹く御山の近くの村で、畑を作る技を身につけ、ケスキの母となるモヨとともに村に戻ったのだった。
「ねえ、シシト様。海とはどんなものなんですか?」
カケルが訊いた。シシトは腰を落として、カケルと視線を合わせてから、
「カケルは海が見たいか?」
「うん、みてみたい。」
「そこはな・・淵よりも川よりもずっとずっと広い。舟で海に出ると、見えるものはもう海だけだ。青い空と青い海。風が吹くと、海は暴れる。舟が上に下に右に左に揺れて、自分を見失う。夜になると何も見えなくなって、自分さえ闇に飲み込まれてしまうのではないかと怖くなる。・・・とにかく大きくて深くて、飲み込まれれば命はない。怖い怖いものだよ。」
カケルは、シシトの話にぶるっと身を震わせた。この村には怖いものなどないが、シシトの話に聞いた海はとてつもなく恐ろしいものに思えたのだった。その様子に、シシトは少しにやりと笑ってから、
「そんなに恐れる事はない。丈夫な体があれば、海に飲み込まれても大丈夫さ。俺だって一度海に飲み込まれたが、こうやって生きている。・・カケル、海が見たいならもっともっと体を鍛えるんだ。そうすれば大丈夫さ。」
そう言って、カケルを抱えあげると、隣にいたイツキも片方の肩に乗せて、村の中に戻って行った。

桜島.jpg

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