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-ナレの村-10.水柱 [アスカケ第1部 高千穂峰]

10.水柱
ナギとタカヒコ、そして子どもたちが祠に戻ってくると、村人は皆心配顔をして待っていた。

祠の脇には、深くて大きな水穴があった。水神様を祭るため、ナギの作った注連縄(しめなわ)が穴の周りに取り付けられていた。
穴の脇には巫女セイが座り、詔を奉げていた。ひときわ大きな声になった時だった。

水穴の奥からごぼごぼという音が響いてきた。そして、すさまじい轟音とともに、冷たい水柱が立ち上がった。徐々に水柱が小さくなり、水穴はすぐに満水になり、みたりの御川に清らかな水が満たされ始めた。
じっとその様子を見ていた村人たちも、水柱が作った滴に一気に包まれてしまった。辺り一面、水浸しになっていた。

「あ・・あそこに、カケルとケンが!」
辺りが静かになった時、イツキが気づいて指差した。村人みな、指差す方を見ると、注連縄(しめなわ)に二人がぶら下がっていたのだった。
急いで駆け寄り、二人を助け、岸辺に寝かせた。噴き出す水の流れに巻き込まれたにも関わらず、二人ともすぐに気がついた。そして、ケンが何事もなかったかのように、みたりの御川を見て、こう言った。
「カケル!カケル!・・魚がいっぱいだよ。やったよ!」
余りにも無邪気に魚が跳ねる姿を喜ぶケンに、みな安堵したと同時に、おかしくて笑い出してしまった。

「洞の中で、金色に輝く大きな魚を見たんだ!」
カケルは興奮気味にそう言った。巫女セイが、答える様に言った。
「それは、この川のぬしであろう。先代の巫女も、この祠で祝詞を上げていた時、水穴が輝くのを見ておる。」
「僕は、その魚についていったんだ。そしたら、小魚たちが周りにたくさん集まってきて、そのまま一緒に流されちゃったんだよ。きっと、魚たちが僕たちを運んでくれたんだね。」
清らかな流れは徐々に川下に流れていった。そして、畑に引いた水路にも流れ込んできた。村人たちは、畑に水を引くために戻って行った。
巫女セイと子どもたちは、川の畔に立ち、清流を眺めていた。
「よいか、子どもらよ。・・ここの魚は、お前たちの命を救ってくれた、水神様の使いじゃ。・・くれぐれも、この川を汚したり、この川に入って魚を取ったりするでないぞ。もし、お前たちがこの川の魚を取ろうものなら、川の水が枯れ、田畑も枯れてしまうじゃろう。良いな。」
子どもらは皆こくりとうなづいた。
そして、イツキが訊ねた。
「ねえ、セイ様。この魚たちはどこにいたの?」
「きっと、カケルたちが落ちた穴の奥の奥・・・きっと、あの御山の中に大きな大きなお池があるのじゃ。寒い冬にはそこにじっとしておって、温かくなるとこうして外に出てくるんじゃな。」
「ねえ、そこにセイ様は行ったことがあるの?」
「いや、ない。そこは・・・」
巫女セイは少し答えに困っていた。すると、ケンが横から口を挟んだ。
「おら、知ってるぞ。・・おらの・・おばば様が言ってた。・・この地面の深い深いところに、黄泉というところがあって、いつかはそこに行かなくちゃいけないんだって・・・きっとそこにお池もあるんだよ。」
「何よ、黄泉って?・・ねえ、セイ様、皆、そこに行くの?私、ずっとここに居たいよ。」
イツキは知らない事を自分より小さいケンの口から聞いて少し怒って言った。
「・・ほう、そうか・・黄泉の国のことを知っておったか。・・そうじゃ、いつかは皆そこへ行く。だが、それは、この身が滅びる時じゃ。こうして息をし、食べ、歩き、話をし、毎日毎日祈りを奉げているうちには行けない。そして、一度行ったらもう戻れないんじゃな。」
「死んじゃうと行くところ?私の父様も母様もそこにいるの?」
イツキが訊く。
「ああ、そうじゃな。だが、イツキの父様も母様も、掟を守り毎日毎日しっかり生きた。そうやってちゃんと生きていた者は、またどこかで生まれ変わる事ができるそうじゃ。」
「そうか・・」
「だがな・・・掟を破り、森へ勝手に入ると、黄泉の国への入口がぽかんと口を開けて待っておる。このたびは、なんとか水神様がお救い下されたが・・次は、黄泉の国へまっすぐ連れて行かれるぞ。良いな。」
「はい。」
子どもたちは神妙な顔で返事をし、川の対岸に広がる深い高千穂の森をじっと見ていた。

霧島湧水.jpg
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