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-母と子‐1.薬草探し [アスカケ第1部 高千穂峰]

1.薬草探し
ケスキの旅立ちから2年、カケルは10歳になった。変わらず、イツキと一緒に、川で魚を獲ったり果物をとったり、畑の仕事をしたりしながら過ごしていた。
カケルは、ずっと心配事を抱えていた。母ナミが、昨年の冬に一度倒れてから、度々寝込むようになってしまったからだ。父ナギは、「春になれば元気になる」と言ったが、もう夏も間近になのにまったく良くならなかった。カケルは何としてでも母を元気にしたいと考えていた。

村中の一番北のはずれに、村の事を相談する館がある。そこには、巫女セイの祈りの場も設えられていた。
昨夜の事。巫女セイが、村の女たちを集めた。女たちは車座に座り、セイの話を聞いた。
「ナミはもう長くはないじゃろう。病の気が知らず知らずのうちに身に広がっておる。・・痛みもかなりだろう。ナミは辛抱強いおなごじゃから、泣き言など言わぬじゃろうが・・相当な苦痛のはずじゃ。」
「何とかならないのですか!」
車座の真ん中に座っていたハルが、嘆くように言った。ハルは、エン・セン・ケンの兄弟の母だった。ナミとは同い年で、三人目のケンを産んだ時、ナミに二人の子どもの世話を頼んで以来、姉妹のように過ごしていたのだ。
「うむ・・ナミの病をみて、何とかならぬものかと考えたんじゃが・・・。」
「何か手はないのですか?」
「・・ひとつだけ・・試すべき事がある。」
そう言って、巫女セイは、懐から書物を取り出した。


この頃の倭国には、まだ、文字などなかった。しかし、ナレの村の一族は、昔、大陸の戦乱を逃れ、倭国に渡った渡来人であり、先人たちは、いくつかの書物を持ち込んでいた。ナレの村の人々は、幼い頃から、この書物を頼りに、大陸の文字を学んでいたのだ。しかし、迫害を恐れ、渡来人であることをひたすら隠し、この地に根付いてからも、普段の暮らしの中では文字を使うことを厳しく禁じていた。

「それは・・」
「そうじゃ・・いにしえより伝わる書のひとつじゃ。・・これは、野山の草木で病を治す術が記してある。ワシは、この中を丹念に読んだ。そして、ナミの病を治すための薬を見つけた。」
「じゃあ・・それを摘んで飲ませれば・・ナミは元気になるのでしょうか。」
「・・そうじゃ・・だが・・これは、古人(いにしえびと)が遥か大陸で得た知恵じゃ。この地にその草木があるかどうかもわからぬ。また、あるとしても、どれくらい飲ませればよいかもわからぬのじゃ。・・間違えれば毒になるやもしれぬ。」
車座に座った女たちは、じっと考え込んだ。巫女の言うとおり、もし違えば、弱っているナミをさらに苦しめるかもしれない。いや、それがきっかけに命を落とすかもしれなかった。
「でも、セイ様。このままではいずれナミは命を落とすのでしょう。」
「ああ・・日に日に体は弱り、いずれは、苦痛に耐え切れずに果てる事になるじゃろう。」
それを聞いて、ケスキの母モヨが言った。
「それなら・・・私たちがまず、その書物にある草木を集めましょう。そして、ほんの少し、自分たちが試してみましょう。私たちは元気です。多少の毒なら耐えられるはずです。大丈夫なら、ナミに飲ませてみる。ねえ、どう?」
女たちは皆、頷いた。
「そうか・・皆がそういうなら、まずは草木を集めよう。・・だが・・良いか、まだどうなるかは判らぬものじゃ。日々の仕事の合間に、命達(みこと)には気づかれぬように探すのじゃ。この事を知れば、命達はきっと反対するじゃろう。わが身をかけて・・草木の毒を調べるのじゃからな。良いな。」
女たちは互いに見つめあい、覚悟を確認するように頷いた。
巫女セイは、書物を大事そうにゆっくりと開いた。皆、黙って一つ一つ確認するように見入った。痛みに効く草、力をつける草・・ナミの体の具合を思い浮かべながら、どの草が良いのかじっくりと選んでいった。
次の日から、薬草探しが始まった。初夏は、田畑の仕事が多い。男たちは山へ猟に出かける事も多く、女たちはほとんど田畑の仕事に追われていた。みな、交代に仕事をしながら、田畑の周りや、みたりの御川の土手、子どもは入れない森、とにかく村の周りを隅々まで回って、薬草を探した。そして、夜毎、館に集まると、取ってきた草を広げて、書物の絵と見比べながら吟味していった。1週間ほどが過ぎたが、なかなか薬草と思えるものが見つからない。似た草はあるのだが、葉の形や根の形、花の色、それぞれ少しずつ違うものばかりだった。
次の日も次の日も、薬草探しは続いた。しかし、なかなか見つからなかった。
「セイ様・・ナミの病に利く薬草は本当にあるのでしょうか?やはり、大陸にしかないのでは?」
半ばあきらめに似た空気が漂っていた。

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