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-母と子‐3.濁流 [アスカケ第1部 高千穂峰]

3.濁流
カケルとイツキは、昨日、書物で見つけた「奇妙な形をしたキノコ」を探すため、日の出とともにこっそりと家を出た。この頃は、長雨の季節に入っていて、田畑の仕事も、猟も出来ない日が多く、村人たちはほんと家の中の仕事をしていた。薄暗い中では仕事もおぼつかないため、皆、いつもより遅くまで眠っていた。
二人は、ひっそりとした村を抜け出すために、閉じられた大門は使えず、裏山に続く北の塀によじ登るほかなかった。カケルは、ナギの拵えた長縄を一巻き、借り出して、塀の上に掛け、よじ登り、イツキを引き上げて、どうにか抜け出すことが出来た。
長雨で、山肌のあちこちで、しぶきを上げて流れる水が道を塞ぐほどであった。だから、この時期に、西の谷に行くというのは決して許される事ではなく、だからこそ二人はこっそりと抜け出したのだった。
西の谷につく途中、何度か足元をすくわれるほどの泥濘を越え、時には下り坂で滑りながら西の谷を目指した。いつもなら容易に行ける道のりが、今日はとても険しいものであった。
二人が西の谷に着くころに、ナギもようやく二人の姿が見えないことに不審を感じていた。そして、村の家々を訪ね二人の所在を確認したが、わからない。
村のミコトたちが館に集まり、二人の行方を相談した。そこに巫女セイも顔を出した。
「先日来、書物を誰かが触った形跡がある。もしや、あの二人、書物を読んでおったのではないかな。」
「まさか、まだ子どもだぞよ。文字など読めるはずも無い。それに、ここに書物がある事など知る由も無い。」
「いや、カケルはもう文字は覚えておる。幼き時より、ナミが文字を教えた。」
ナギがそう答える。
「だが、書物がここにあるのを知っているはずは・・・・」
「いや、先日の女たちの次第を俺がカケルに話した。ひょっとしたら、その後、ここに忍び込んで見つけたのやも知れぬ。」
「セイ様、誰かが開いたようですか?」
「ああ・・草の巻だけでではない、木や茸の巻も開いておる様じゃ。」
「じゃあ、子ども二人で薬草探しに行ったのか。」
「この大雨じゃ、山道は危ないぞ。無事に戻れば良いが・・。」
ミコトたちは皆心配した。
「探し手をだすか?」
それにはナギが答えた。
「いや、探し手とてこの雨では危なかろう。日暮れまでにはきっと戻るだろう。ここで待つ。」
「なら、せめて、大門を開け、村の周囲だけでも見て回ろう。」
そう決まり、ミコトたちは手分けして、村の周囲の田畑や尾根筋辺りに出て行った。
その頃、二人は西の谷を流れる神川のほとりに居た。いつもは静かな清流が、茶色の濁流に変わり、水かさもいつもより随分増えていた。

濁流.jpg

「ここは通れない。・・・他の道を行こう。」
カケルはそう言うと、川上に向って畔を歩き始めた。足元はかなり泥濘んでいる。足をとられ転びそうになったイツキの手を取り、ゆっくりと進んで行った。
しばらく行くと、大岩が数個並んでいる場所があり、その上を通れば対岸にいけそうであった。ゆっくりと岩の上に上がる。滑りそうで足元がおぼつかない。
イツキは岩の上に立って周囲を見回す。曇り空と茂る木々で、薄暗い森の風景を眺めているのではない。いつものように通う淵の畔にある山桃の木を探しているのだ。

「カケル!淵はどこ?」
カケルも辺りをじっと見渡し、指で淵のある方向を指した。
「あっちだ。少し、山に入ってしまった。」
「まよったの?」
「いや、大丈夫だ。川を下っていけばつける。もう少しだよ。」
「ぶなの木・・ぶなの木が目印よ。」
「ああ・・多分、あそこにあるはずだ。」
二人はやっとの思いで大岩を越え、対岸に渡った。
水かさが増えたせいか、いつもなら川岸に歩きやすい場所があるのだが、ほとんど見えず、やむなく、森の中に入りながら川を左手に見ながら進んだ。ようやく、いつもの淵に辿り着いた。いつも透き通る程の清流で底まで見える淵も、茶色の濁流で一変している。水は山桃の木の根元近くまで迫っていた。
「あんなところまで水が来てる。大丈夫かなあ。」
「大丈夫だよ。山桃の木はイツキのとと様の木だろ。さあ、キノコを探そう。」
二人は求めているキノコを探し始めた。以前、淵を泳ぎ渡り辿り着いた対岸で、蕨取りをしていた時に、大きなぶなの木の根元辺りで、おかしな形のキノコを見たのだ。村では、「キノコには霊が宿る。人に良い霊と悪い霊が居る。むやみに触れてはならない。」と言われていて、おかしなキノコを見つけた時も、触れずそっとしておいたのだった。

ぶなの木.jpg
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