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-母と子-4.ぶなの森 [アスカケ第1部 高千穂峰]

4.ぶなの森
「変だなあ、確かこの辺りだったはずなんだけど・・・。」
夏草を分けながら、カケルが言う。
「大きなぶなの木の近くにあったはずなのに・・・無くなったのかな。」
「もっと奥の方だったかな?」
見上げてみると、大きなぶなの木は、岸辺には1本だったが、よく見ると森の奥はすべてぶなやこならの木が続いていた。
「きっと生えてはすぐに消えてしまうのよ。もっと探してみようか。」
二人は、木々の根元に視線をやりながら森の中に入って行った。

谷に着いた時には暗かった空も、雲が切れ、日が差し始めていた。木々の間から差し込む光が安心させたのか、二人とも知らぬうちに随分森深くまで入ってしまっていた。
「カケル!これ、違うかな?」

レイシ.jpg

イツキがミズナラの木の根元に、黄色い色をしたキノコを見つけた。霊が宿るといわれていたため、すぐには触ることが出来なかった。カケルはすぐにイツキのもとにやってきた。そして、膝を付いてそのキノコをじっくり見つめた。書物に書かれていた薬になるキノコの絵を頭に思い出しながら、じっくり見た。そして、
「きっとそうだ。色も黄色くて・・きっとそうだよ。」
カケルは、躊躇いなくキノコを手に取った。そして、懐から麻袋を取り出してしまった。
「でもこれだけじゃきっと足りない。もっと見つけなくちゃ。」
そう言って、木の周りを探した。よく見ると、周りの木々の根元にも同じようなキノコが生えている。茶色いものも赤みがかったものもあった。二人は、次々に見つけて袋に中にしまっていった。
「これくらいあればきっと大丈夫だろ。・・・ここを覚えておいてまた来ればいい。」
カケルは、キノコを見つけたミズナラの木に、服の袖を裂いて、結びつけた。
「これが目印だ。・・よし、帰ろう。早く戻らないと、とと様が心配する。」
そう言って、来た道を戻ろうとした。イツキもカケルについて歩いた。しばらく歩いてから、カケルが立ち止まった。
「おかしいな。さっき、ここに岩があったはず・・・それに大きなぶなの木も・・・。」
「ねえ、帰り道が判らなくなったの?」
カケルは返事をしなかった。そして、辺りの様子をじっと伺っていた。
「ねえ、カケル?大丈夫?」
「大丈夫、きっとこのまままっすぐ行けば川に出るはずだから。」
そう言ってまた歩き始めた。だが、なかなか川に辿り着かなかった。
「おかしいなあ・・・そろそろ川に出るはずなんだけどなあ・・・。」
カケルの一言で、イツキは胸の中にじわりと言葉に出来ない不安がこみ上げてきた。カケルと森に入るのはいつもの事だった。カケルが森で迷うなんて思いもしなかった。イツキは、カケルの後ろを歩きながら、怖くて怖くて今にも泣き出しそうになっていた。ひょっとしたら、キノコを採ったことでキノコに宿る悪い霊に迷わせられているのではないか・・そんな不安を抱えていた。
「あ!見えた。川が見えた。」
カケルがそう言って急に駆け出した。イツキも遅れないようにカケルの後を追う。
二人は森をようやく抜け、川辺に辿り着けた。不安と怖さを堪えていたイツキが、川辺にしゃがみこんで、安心したのか、堪えていた気持ちが急に緩んで、大声をだして泣き始めた。
「どうしたんだよ、イツキ。川に着いたんだよ?」
「うん・・うん・・」
そう頷きながらも、イツキはしばらく泣き止まなかった。
「イツキ、ちょっとここにいろ。すぐに戻るから。」
カケルはそう言うと、また森に戻っていった。そしてすぐに戻ってきて、
「ほら、腹が減ったろ。」
そう言って、腰につけた袋から、黄色い実を何個も取り出してイツキに渡した。それは、ビワの実だった。
「さっきの森で、見つけたんだ。でも、美味しそうだったから採って来た。甘くて美味いぞ。」
カケルはそう言うと、むしゃむしゃと食べ始めた。イツキは、そんなカケルを見て、何だかとても腹立たしく感じていた。さっきまで道に迷ってしまって不安で不安で仕方なかったのに、カケルはちっとも不安を感じていなかった。それが妙に腹立たしかった。
しかし、安心したのもつかの間だった。さっきまで晴れていた空が、再び曇り空に変わり、山の高いところではもう雨が降り始めているようだった。目の前の川も、見る見るうちにまた水かさをましているのだった。

ビワの実.jpg
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