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-母と子‐7.無事の知らせ [アスカケ第1部 高千穂峰]

7.無事の知らせ
ナギたち一行が、二人のいる場所が見えるところまで到達する頃には、もう夕方近くになっていた。
普段なら通れる川岸の土手も、支流の流れが行く手を遮って、思うようには進めなかった。次第に、夕闇が辺りを包み始めていた。

カケルとイツキは、窪みの中で焚き火の火を見つめ、すでに、朝までここで過ごす覚悟を決めていた。
焚き火の横には寒さをしのぐためと火を絶やさないようにするために、カケルが森の中から集めた薪や落ち葉が積まれていた。
「イツキ、寒くないか?」
「うん・・大丈夫・・寒くない。」
初夏といっても、この山中では日が沈むと一気に気温が下がる。先ほどまでは狼煙を上げていたが、日が沈めば役に立たない。今は、漆黒の闇の中で、焚き火の灯りだけが二人の存在を知らせるものだった。
ふと顔をあげたイツキが、遠くの対岸に明かりのようなものを目にした。
「あれ?・・灯り?」
その声にカケルも、暗闇を凝視した。木々の間を確かに灯りが動いている。そして徐々に近づいてきているのが判った。カケルは、焚き火にさらに木を投げ込んで、炎を大きくした。そして、火のついた木を取り出して、「おーい!おおーい!」と叫びながら振った。近づく灯りもそれに応えるように動いた。じっと耳を済ませていると、周りの虫の音にかき消されながらも、かすかに人の声が聞こえた。
「父様たちだ!」
カケルは飛び跳ねるようにして、火のついた木を振り回して声を出した。徐々に、人影が暗闇に浮かんでくる。カケルたちの焚き火の灯りに照らされて、三人の男たちがこちらに向かって歩いてくるのだった。
「カケル!イツキ!無事か?」
声は、父ナギに間違いなかった。対岸まで到達したのだ。どう返事をすればよいのか、カケルは迷ったあげく、
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
そう言って謝った。
「二人とも無事なんだな。」
その問いにはイツキが答えた。
「大丈夫。疲れちゃっただけ。でもカケルが守ってくれた。」
二人の声を聞いて、ナギたちはとりあえず安堵した。しかし、二人をどうやって、こちら側に渡らせるか困った。目の前の川は、相変わらずの濁流であり、何よりも滝つぼは真っ暗で深ささえわからなかった。松明の灯り程度では、もし水に落ち流されれば、探しようも無くなる。
「この宵闇ではむやみに動かない方が良い。」
ともに村を出たタカヒコが言った。もう一人の共、タツヒコも、
「朝まで待った方が良い。雨は上がっている。これ以上は水も増えないだろう。俺たちもむやみに動かない方がいいだろう。ここで朝を迎えよう。」
「そうか・・・そうだな。よし。」
そういうと、ナギはカケルに向かって叫んだ。
「朝まで待とう。俺たちもここに火を焚いて朝を待つ。」
「判った!・・なら、村へ無事を知らせよう。ハヤテに使いを頼む。」
カケルはそういうと、指笛を吹いた。どこにいたのか、ハヤテは羽音を響かせて闇夜から舞い降りた。カケルは、焚き火の炭を引き抜いて、持っていた麻袋に、大きく○を繋げて描いた。
「よし、これを村に届けてくれ。これで無事だと伝わるはずだ。行け!」
ハヤテは、軽く羽ばたき闇夜を飛んでいった。
滝をはさんで焚き火が二つ燃えている。皆、朝を待つために眠りについた。

夜を迎えたナレの村では、残った男たちや女たちが、高楼の下に集まっていた。
「もう見つけただろうか。」
「きっと無事だよな。」
そう呟く声が小さく響く。高楼の上には、長老と巫女が、灯りがみえはしないかと遠く西の谷の方を見つめていた。そこに、どこからとも無く、羽音が響いた。闇夜では鳥の姿など確認できない。それでも皆、羽音の先を見つめた。すると、ばさばさという音とともに、ハヤテが高楼の手すりにとまった。足には、麻袋をつけていた。長老がゆっくり麻袋を取り上げる。そして、そこに繋がった二つの○の絵を見つけた。長老は、それを見てすぐに言った。
「皆無事じゃ。探し手もカケルたちに会えたようじゃ。」
心配して高楼の下にいた村人は皆、安堵し喜んだ。
カケルが描いた絵は、猟の時に男たちが残す記号だった。獲物を会った時、その場所の木にしるしを残す。1頭のいのししなら△ひとつ。鹿なら□、人は○で記すのが、ナレの村の男たちの約束事になっていた。二つの○、二人の人が出会ったという意味だった。

濁流2.jpg

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