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-帰還‐1.先人たちの遺産 [アスカケ第1部 高千穂峰]

1.先人たちの遺産
カケルは11歳を迎えた。
ナミが薬湯を飲み始めて1年、病は一進一退を繰り返していた。冬の寒さは、家の中で暖を取れば耐えられるが、夏の暑さは体力の落ちたナミには辛かった。食欲もなくなり、痩せた体がさらに絞られるように思えた。村の者は、ナミが少しでも食べられるものを、少しでも栄養のあるものをと、相談し、協力し、用意した。
カケルは、漁の合間の時間を使って、巫女の言いつけどおり、館にある古い書物を丁寧に読み、特に、薬草については村の誰よりも詳しくなっていた。漁に行くと、近くの森や川の岸辺で、薬草と思われるものを摘んできては書物と照らし合わせ試していた。ナミの病に良いと考えられるものは、イツキと相談し、ナミの了解を得て、服用させていた。その甲斐もあってか、夏を何とか乗り切る事ができた。涼しくなる頃には、ナミは食欲が戻り、痩せ細っていた体も徐々に戻り、また、動けるようになっていた。
ある日、カケルは館で書物を読んでいた時、棚の一番奥に、小さな巻物を見つけた。表書きも何もなく、封印がされていた。かなり古いものであると同時に、その巻物は、薄く織った布で作られた他の書物とは明らかに違う材質であった。丁寧に結ばれた紐を解くと、中には絵図が描かれていて、さらに広げると、ナレの村周辺の地図のようだった。すぐに、巫女セイの許へ向かった。セイは高楼で長老と話をしていた。
「セイ様!お教え下さい。」
息を切らし、高楼に登ってきたカケルに二人は驚いた。
「セイ様、これは何でしょう?」
答えたのは、長老だった。
「これは・・先人が残してくれた知恵じゃ。・・カケルも知っておるだろうが・・我が一族は、遥か大陸より渡来した。・・まだこの地にはない多くの知恵を持っていた。・・お前が持っている巻物も、紙というものでできておる。」
カケルは、長老の言葉に驚きを隠せなかった。
「紙?」

 この時代、まだ倭国には文字もなく、紙を必要とはしていなかったため、それを作る技術も渡来していなかった。紙は大和朝廷以降、渡来人からもたらされたと考えられている。

「先人たちは、この地で生きるために、一族に伝わる大陸の知恵のいくつかを封印したのだ。さもなくば、周囲の村と争いが起きる。・・そればかりか・・大陸から大軍で我らを滅ぼしに来るやも知れぬと先人たちは考えたのだ。だが、いつの日か、我が一族が必要とする日が来る。その時まで封印したのだ。・・・お前がナミの病を治す為に用いた薬湯も、そのひとつだった。」
「長様(おささま)は、それを知っているのですか?」
「いや・・封印されて長い年月が経った。もはや、どういうものかは判らぬものばかりだ。・・ただ、そこに書かれているのは、もっともっと重い事だと伝わっておる。・・命やこの地そのものを失う事が書かれておるとな。」
長老の顔は厳しかった。
長い年月、封印された一族の存続に関わるものをカケルは開けてしまったのだ。畏れを抱き、戸惑った。その様子を察して、セイが言葉を発した。
「・・カケルよ。知恵というものは使い方しだいなのじゃ。ナミの薬湯も、量を誤れば死に至る。薬草の中には毒気の強いものもある。お前は強い子じゃ。・・いや、お前がそれを見つけたのもきっと運命(さだめ)じゃろう。・・・良いか、カケル。その中に書かれていることをしっかり読み解くのじゃ。そして、それをどう使うべきかを考えよ。」
カケルは声が出なかった。長老と巫女の瞳の奥に、憂いと惧れと望みとを感じ、自らの運命(さだめ)と言われ、すぐには受け止める事ができなかった。
カケルは巻物を懐に仕舞い、館に戻った。そして一旦、巻物を元の場所に戻し、急いで家に戻ると、干草の寝床にうつ伏せになり、眼を閉じ、じっと考え込んだ。少しだけ見た、あの絵地図を思い出していた。
所々に、印がついていた。西の谷にも、そして高千穂の峰に登る山道にも同じような印があった。・・他には何が書かれているのだろう。・・母の命を救える他の方法も書かれているのだろうか・・いろんな思いが頭を巡りながらも、カケルは徐々にまどろみの中に落ちていった。

翌朝、まだ陽が登る前に、カケルは館に行った。昨日見つけた巻物をもう一度開き、そこに書かれている地図と印を頭に叩き込んだ。そこに巫女セイが現れた。
「カケルよ、どうするのじゃ?」
「セイ様。災いになるか、救いになるか、わかりません。でも、これを見たもののさだめなら、最後までやってみます。」
セイを見たカケルの目には覚悟が感じられた。
「よかろう。・・・ミコト達にはワシが話しておく。」

カケルは、地図の印の着いた場所に向かうことにした。
ひとつは、館の裏手の斜面あたりだった。獣除けの柵と堀の間に、小さな門があったが、ずっと閉じられたままであったため、蔦が絡みつき、そこにあることもわからないようになっていた。カケルはその門をそっと開くと、村の裏手に出た。雑草と低木が茂り、その先には竹やぶも広がっている。カケルは少しずつ周囲を探りながら、深く分け入った。

物見櫓.jpg
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