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-帰還-6.毛むくじゃら [アスカケ第1部 高千穂峰]

6.毛むくじゃら
冬の寒さを感じる季節になると、村の人々は、夜明けとともに、温泉に入るようになっていた。
「朝入ると、一日ぽかぽかして、畑仕事も苦じゃなくなったよ。」
「うちの婆様なんか、一日何度も入ってるんだ。何だか近頃、元気になったよ。」
皆、温泉に入るようになって、前以上に働くようになり、村の中は元気になっていた。
ある日の事、ケスキの母モヨが血相を変えて村に戻ってきた。
「大変だよ!・・温泉に、熊が・・熊が入ってるんだ!」
その声は、総長の静かな村に響き渡り、数人が家から飛び出してきた。モヨの夫シシトも驚いて家から出てきた。
「お前、ちゃんと見たのか?・・本当に熊だったのか?」
「ああ。間違いない。真っ黒で毛むくじゃらで、のそのそ動いて湯に浸かっていた。時々、ウォーって叫んでたし・・」
その話を聞いて、シシトは首をかしげた。
「おかしいなあ,熊はもうねぐらに入ってる頃だぞ。・・・」
そこに、タカヒコやナギもやってきた。
「猟の支度をしていこう。熊なら仕留めて、冬の食いものにしよう。」
そう言って、タカヒコ、ナギ、シシトは温泉に向かった。少し遅れて、カケルとイツキも行った。
入り口で一旦皆立ち止まった。そして、ナギが言った。
「温泉の下は崖になってる。人の気配を察して、下に逃げるかもしれぬ。俺とシシトは下に回ろう。タカヒコは、サチ(弓矢)で後ろから狙ってくれ。」
そう言って、ナギとシシトは、入り口の横から、土手伝いに下へ回り込んだ。タカヒコは弓を構えて、そっと温泉の入り口を上がった。その頃、ようやく、カケルとイツキが追いついた。伏せた姿でじりじりと入り口を上がっていくタカヒコ。竹の囲いの隙間から、確かに、毛むくじゃらの黒い生き物が湯に浸かっているのを確認した。
「ここからじゃ、まだ遠いな・・・囲いも邪魔だ。もう少し・・・」
伏せた姿のまま、徐々に近づいていく。囲いを避けるために、湯が噴き出している井戸を通りすぎた。そして、ゆっくりと弓を引いて狙いを定めた時だった。
「おや、誰かいるのか?」
黒い毛むくじゃらの生き物は言葉を発したのだ。タカヒコは驚いて、弓を置いた。カケルも声を聞き、人間だとわかってから、湯船に飛び込んだ。そして、
「お前は誰だ!ここで何してる!」
と問い詰めた。
「何だ?お前は。・・ナレの村の者か?・・名は何という。父様は誰だ?」
「うるさい。ここは、村の人の大切な湯だ。皆、朝湯に浸かるのを楽しみにしてるんだ。」
「おお、そうか。ナレの村にこんな温泉があったなんてなあ・・」
そうしていると、タカヒコとイツキも顔を見せた。それを見た男が、
「・・おお、タカヒコ様じゃないか。俺だよ、アラヒコ・・アラヒコだよ!」
毛むくじゃらは、数年前にアスカケに旅立ったアラヒコだった。父は長老のテイシ、母は巫女セイであった。したがって、アラヒコはいずれこの村を束ねる長となる人物であった。タカヒコより10歳ほど年下で、タカヒコがアスカケに出た時にはまだ5歳の子どもだったのだ。
「アラヒコ?・・あの泣き虫のアラヒコか?」
「泣き虫は余分だな。・・戻ってきたよ。」
そうと判って、タカヒコは、シシトとナギを呼び寄せた。
「シシト様、ナギ様、今、戻りました。」
アラヒコは湯に浸かったまま挨拶をした。
毛むくじゃらだったのは、長い旅のなかで伸び放題だった髪を洗い流すために、解いたためだった。そして、全身も黒い毛で覆われていたのだった。
「それにしても、お前、本当にアラヒコか?」
「ああ、アスカケで随分体を使った。自分でもおかしいくらい、大きくなった。」
そう言って、湯船から立ち上がると、シシトもナギもタカヒコも、アラヒコを見上げる事になったのだ。本人が言うように、人とは思えないほど大きくがっしりとした体だった。モヨが熊と間違えても仕方ないほどの巨漢だったのだ。
「それにしても・・いい湯だ。・・こんな湯があったとは知らなかった。・・・村に辿り付いた時、白い湯気が立ち上っていたんで、まさかと思って覗いたら、この湯だ。村に戻る前に、綺麗にしたほうが良いかと思ったんだが・・・。」
「お前、熊と間違えられてたんだぞ。」
「熊?・・ああ、あちこちの村でも同じ事を言われたよ。わっはっは・・」
そう言って、久しぶりの対面に、皆、喜びあって笑った。
そうしているうちに、他の村人も、湯に入れるのか心配顔でやってきていて、ミコト達の笑い声に安心して、温泉に入ってきた。
「アラヒコか?」
「何だか、大男になったねえ。これからは、力仕事はアラヒコに頼むとしよう。」
そんな会話があちこちで聞かれた。ナギが言った。
「さあ、もう湯は良かろう。長老や巫女様もきっとお前の帰りを待っておられる。村に戻るぞ。」
「僕、おさ様に伝えてくるよ。」
カケルが一足先に村に戻っていった。

ムラ.jpg

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