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-帰還-7.土産話 [アスカケ第1部 高千穂峰]

7.土産話
その夜、アラヒコの帰還を祝う宴が開かれた。アスカケから戻る若者は、二人に一人。村に戻るということは、自らの生きる意味を見つけたという事であり、村に大きな富や幸せをもたらす事を意味していた。無事に戻ったというだけでなく、村にはこの上ない喜びの日なのであった。
篝火が村中に立てられ、村の真ん中にある広場には大きな焚き火が設えられた。アスカケに旅立ったケスキの時と同様に、皆、ご馳走を持ち寄り、アラヒコを取り巻いて宴に興じている。
アラヒコに最も興味をもったのは、カケルであった。ケスキの旅立ちの時はまだ八つで、アスカケなど遠い未来の事だと思っていた。11歳になり、あと数年でアスカケに旅立つと思うと、帰還したアラヒコが、どんな旅をしてきたのか、外の世界はどうなのか、全て聞いてみたいと思っていた。宴の最中も、アラヒコの隣にいて、アラヒコの話す事を聞き漏らさぬようにしていた。
濁酒を注がれながら、アラヒコはアスカケの旅の話を始めた。
「俺のアスカケは、これだ!」
アラヒコが、ずっしりと重みのある麻袋を持ち、立ち上がった。そして、袋の中に手を入れ、ごそごそと動かして、何かを掴んだ。そして、皆の前に広げた手のひらには、小さな塊があった。
「何だ、それは?」
そばに居たタカヒコが尋ねると、アラヒコは得意げな顔で言った。
「これは、桃の種だ。・・桃というのは不老不死の薬と言われておる。これをこの村に植えるのだ。皆、この村のものは長生きになる。どうだ!」
隣に居たカケルは目を輝かせて聞いた。そして、館の書物にも、不老不死の力を持つ果実として描かれていた事を思い出していた。
「他にもあるぞ。・・これが杏、これは梅、これは・・なんだったかな?・・まあいいんだ。とにかくこいつを村のあちこちに植えて、実を採るんだ。」
そして座り込むと、また濁酒を飲んだ。ナギがそんなアラヒコに言った。
「まあ、いいさ。・・だが、少し、お前のアスカケの旅の様子を教えろ。」
「そうか?・・じゃあ、そうするか。」
また濁酒を飲んで話し始めた。

白紫池.jpg

「俺は、村を出て東に歩いた。一日ほど歩いたところに、大きな池があって、確か〈御池(みいけ〉と呼んでいたな。池のそばには、ここみたいな村があった。ユイの村と言っておった。ほとんどここと変わらぬ暮らしだった。そうだ、その村で、ナギ様の事を訊かれたよ。」
ナギは自分の名が出たことに驚いたが、思い出したように言った。
「・・ユイか。・・そうだ、アスカケから戻る途中に行った村だ。」
「え、とと様もその村に?」
「ああ、アスカケから戻る途中、ナミが疲れからか少し体を痛めてしまって、その村でしばらく養生させてもらったんだ。皆、元気だったか?」
「ああ、皆、元気そうだ。ナギ様には随分感謝していると言っていた。暮らしが随分楽になったと言ってたな。」
「とと様、その村で何をしたの?」
「いや、ナミの体が戻るまで、村でいろいろとな・・ユイの村は、男が少なかったんだ。何でも、はやり病で力仕事のできる男が何人か死んでしまって、女と子どもばかりだった。・・だから、村のあちこちが傷んだままだったんで、俺は村に居る間に、お礼のために修理した。堀も深くして獣除けも大きくした。水を引くための水路も作った。・・・そうだ、村から池に出るための橋も掛けた。・・あの橋は今も使ってるだろうか。」
「ああ、しっかり使えていた。少しも痛んでいなかった。・・それと、男の子も大きくなって、村の仕事をしっかりやっていた。あの村はもう元気だ。また、いつか来て欲しいと言っていた。」
「ああ、そうか・・そんなに遠いところではないからな。またいつか訪れてみるとするか・・」
ナギは、その話を聞き、満足そうな顔をしていた。
「それから、俺は北に向かった。ユイの村で、北に行くと大きな村があると聞いたんだ。小さな丘をいくつか越えた先に、大きな村があった。いや、あれは国だ。ヒムカの国と呼んでおった。こことは比べ物にならないほど大きな村があった。だが、そこには女が一人もいないんだ。」
「女が居ないって?子どもも居ないのか。」
タカヒコガ少し酔った様子で訊く。
「ああ、そうだ。・・なぜなら、そこはただの村じゃない。戦をするための村だった。男たちは、剣や弓を持ち、戦いの支度をしてたんだ。食い物とかは、周りの村から運んでくる。ヒムカの王が、海の向こうからやってくる敵に備えるために作ったんだ。・・俺はしばらくそこで暮らした。来る日も来る日も、剣や弓の練習をした。大きな石を転がしたり、そうだ、石投げの練習もした。夜になると腹いっぱい食べて寝た。そのうちに、俺の体はこんなに大きくなった。その村の誰よりも大きくなった。」
「戦をしたの?」
カケルが少し遠慮がちに訊いた。アラヒコはにやりと笑ってこう答えた。
「いや・・・戦などない。・・・後で聞いたが、ヒムカの国の王は、随分と気弱で、昔、海から異人が来たのに遭遇して、怖くて怖くてたまらなかったらしい。」
「じゃあ、戦というのは?」
「あるわけも無い。・・なのに、そのために村々から食い物を集め、男たちを養う。村々はみな貧しい暮らしをしているのに、戦に供える男たちと王様だけは優雅な暮らしだ。・・俺は、しばらく居たが、そういう暮らしが嫌になった。俺のアスカケはこんなところには無いと決めて、その村を離れて、海辺の小さな村に行ったんだ。」

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