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-帰還-9.イヨの国 [アスカケ第1部 高千穂峰]

9.イヨの国
アラヒコは、ついにイヨの国に渡った話に入った。
「イヨまで船で行くには、数日かかった。水や食料を積み、少しずつ船を進めた。西風は強くなってくる季節、海は少し荒れたが、風に乗り思った以上に早く着けたんだ。」
「イヨ国はどんなところだった?」
タカヒコガ訊く。
「・・・良いところだ。なだらかな丘、広い田畑、そして海、のんびりとした良いところだ。」
「温かく迎えてくれたのか?」
「ああ、国王の使者とともに戻ったのだ。すぐに、国王の館へ案内された。国王はもう高齢で、ほとんど館からは出ることはなく、代わりに国王の娘が出迎えてくれた。名を乙姫〈オツキ〉と言ったな。」
タカヒコガ身を乗り出して、アラヒコに尋ねた。
「おい、そのオツキ様は綺麗か?」
アラヒコは少し戸惑い、辺りを見回し、囁くような声で、
「・・ああ・・見たことも無いほど綺麗だ。肌が白く、長い黒髪で・・・。」
「おお・・それは・・一度お目にかかりたいものだ。」
タカヒコガニヤニヤしながら答えた。横から、ハルがタカヒコの腕を抓った。
「いたたたた・・何するんだよ・・・」痛がるタカヒコを見て皆笑った。
「ねえ、アラヒコはそこで何をしたの?」
皆が笑っている様子がよくわからず、それよりもアラヒコの土産話にわくわくしながらもっと聞きたくてしょうがなかった。
「・・ああ、その日は、乙姫様が宴を催してくれた。館には広い部屋があって・・そうだな・・この村の皆が入れるほど・・いやそれ以上に大きな部屋があって、目の前には、海の幸・山の幸・・とにかくありとあらゆるものが並べられた。俺はそれをつまみながら、目の前では、若い娘たちの舞や笛の音で、一晩中、楽しく過ごしたよ。」
「いいなあ・・」と漏らしたタカヒコが、ハルにまた抓られた。
「だが、宴はその日だけではなかったんだ。次の日から三日と開けず、村々の長たちが入れ替わりに、王の館にやってきて、海の向こうの異国の話を聞かせてくれとせがむんだ。・・・そんな日が、ふた月・・いや三月も続いたのだ。・・・いかに楽しい宴でもそう続けば、おかしくなる。・・俺は乙姫様に言ったのだ。アスカケの途中であり、自らの生きる道を見つけなければならない。そろそろ旅立ちたいと。」
「どうなった?」
「乙姫様は、それならば、しばらく、この国に住み、見つければよいと言い、家を用意してくれた。それから俺は、畑仕事や山の仕事、海の仕事、とにかくできることは何でもやってみた。力仕事もたくさん引き受けた。そのたびに、皆、俺に美味いものをくれたのだ。中でも、この桃がとても美味かった。だから、この桃を手に入れたいと思ったのだ。」

「山に取りに行くのか?」
「いや、これは山に実るのではない。木を植え、手入れをし、花を咲かせ、大きな実を取るのだ。乙姫様の館の近くにも、畑があり、桃を育てていた。・・他にも、杏や梨も作れるのだ。」
それを聞いて、長老が興味を示した。
「畑でそんなものが作れるのか・・・」
「イヨの国には、そうした畑があちこちにある。みな、自分で好きなものを植えている。春には綺麗な花も咲き、見事だった。」
長老の脇で話を聞いていた、スズが聞いた。スズは村一番の食いしん坊で、旨いものには目がなかったのだ。
「その・・・ももというのはどれくらい美味いのだ?」
「白い実をかじると、中から甘い汁が吹きだしてくる。それをすすりながら食べると、もう口の中はとろとろになる。・・思い出すだけで、よだれが出てくる・・・。」
「食ってみたいなあ・・。」
それを聞いて、スズは思わず口にした。あちこちで喉をごくりと言わせる音がした。

「そうだろう。俺は、桃を初めて食った時、真っ先に、これをナレの村の皆に食わせたいと思ったのだ。ここには、豊かな森の恵みはある。食べ物に困るような事はなかったが、外に出るともっともっと旨い物がたくさんあった。この村を、もっともっと豊かにしたい。そう思ったんだ。」
「それで・・・さっき見せた種がお前のアスカケなんだな。」
長老は納得したようにアラヒコを見て喜んだ。
「桃の作り方はちゃんと教わった。乙姫様は、国の中でも最も桃作りが上手かったから、館の庭で毎日教えてもらったのだ。3年近く掛かってようやく満足に作れるようになった。」
皆、アラヒコの話をじっと聞くようになっていた。
「そのころだ、こいつが俺にナレの村にもどる時だと教えてくれた。」
アラヒコはそう言うと、大きな麻袋の中から、包みを取りだした。包みは、真っ黒になっていた。

桃の花.jpg

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