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-旅立ち‐9.離別 [アスカケ第1部 高千穂峰]

9.離別
夜が明けた。カケル、イツキ、エンは、村の入り口にある大門の前で旅支度を整えて並んでいた。見送りの村人たちが集まり始めた。ナギは、ナミを抱きかかえ、大門のところに来た。
「皆、集まったか。良いな、見送りの掟は判っておるな。」
長老はそういうと村人の顔を見た。村の皆は頷いた。見送りの時、涙を流さぬ事、声を出さぬ事が掟であった。
「若者たちもわかっておるな。・・良いか、この門を出たら、二度と振り返ってはならぬ。自らのアスカケを定めるまでは、この地を踏む事も許されぬ。良いな。」
三人も黙ったまま頷いた。
「よし、行くのじゃ!」
カケルとイツキは、ナミの姿をじっと見ていた。ナミはナギの手をそっと触り、降ろしてくれという合図を送った。ナミは大門の柱にもたれ掛かりながら、しっかり自分の足で立ち、二人を見つめ、笑顔を見せた。タカヒコとハルも、エンの姿をじっと見つめた、二人の弟も旅立つ兄を見つめていた。
三人は深くお辞儀をしてから、くるりと背を向けて歩き出した。
村の前には南へ続く坂道がある。三人は掟に従い、坂道を歩き始めた。
「うう・・」と小さな呻き声が漏れた。それに長老が気づき、「すぐに大門を閉めよ!」と叫んだ。三人の姿がまだほんの少し先にあるにも拘らず、大門が音を立てて閉まり始めた。

カケルもイツキもエンも、その音を背中で聞き、驚いたが決して振り返らないという掟を守りそのまま歩き続けた。
坂道を少し行くと、三つに分かれている。ここでようやく、エンが口を開き訊いた。
「どっちへ向かえば良い?」
カケルが答える。
「右へ行こう。・・少し寄り道だが、どうしても行っておきたい所があるんだ。」
「どこだい?」
「良いから・・行こう。」
カケルはそういうと、分かれ道を右手にとって進んだ。みたりの御川の脇を抜け、細い山道を上り下りして進んだ。途中でイツキが行き先に気づいたようだった。
何度も通った道、物心ついた頃から、いつもカケルの背中を追うように、一緒に歩いた道だった。

「さあ、着いた。・・アスカケに出る挨拶をしておかなくちゃな。さあ、イツキ。」
カケルはそういうとイツキの背を押した。着いたところは、西の川の二つ岩の向こう側、いつも二人で魚とりに来ていた淵だった。淵の土手には、大きなヤマモモの木があった。
「なんだい、ここ?」
「ここは、イツキの父様の樹があるんだよ。さあ、イツキ、ご挨拶をしておこう。」
ナギから、イツキの父様の樹と教えたれたヤマモモの木は、青々と茂っていた。イツキは木に駆け寄り、幹に抱きつき、そっと言った。
「父様・・行ってきます。・・母様とナミ様の故郷、そして私の定めの地、ウスキに向かいます。・・私たちをお守りください。」
幹は少し温かく、耳を押し当てていると何か声が聞こえるようだった。旅立ちの時、押し殺していた別れの淋しい気持ちが、徐々に胸の奥から湧いてきて、イツキは思わず涙をこぼしてしまった。その様子を見て、カケルもエンも同じ様に、幹にすがりつき、じっと村の事を、父・母の事を思い、涙をこぼしていた。青空高く、ハヤテが舞っていた。

「さあ、そろそろ行こう。」
カケルが、空を見上げながら言った。
「行こうって、ここからどうやってウスキに向かうのか判るのか?」
「ああ、だが、もう一つ、どうしても行きたいところがあるんだ。」
「どこに行くの?」
イツキも笑顔に戻って訊いた。
「・・俺が剣を作った時に見た幻の話はしたよな。」
「ああ・・確か、大男が現れたって・・」
「俺にはどうしてもあれが幻だとは思えないんだ。だから、それを確かめに行きたいんだ。」
「みたりの御川の水穴だったら、また村に戻る事になるぞ?」
「いや・・行くのはあそこさ!」
カケルはそういうと、手を高く掲げ、高千穂の峰を指差した。
「あそこって・・御山の天辺か?」
「ああ、あそこに行けばきっと幻だったかどうか判るはずだ。」
エンは少し戸惑っていた。自分とカケルだけなら、何とか登る事もできるだろう、だが、イツキを伴ってあの頂上に行けるのかと。その様子に、イツキが気づいた。
「うん、行ってみましょう。私も、御山の天辺から、下を見下ろしたらどんな景色なのか楽しみなの。ずっとずっと思っていた事だから。」
「だが・・お前の足で大丈夫か?」
「あら・・私が女だから登れないって?・・小さいときからずっとカケルの後を追ってきたのよ。大丈夫よ。さあ、行こう。・・・西の谷から森を抜けて行けばいいんでしょ?」
イツキはそう言うと、真っ先に歩き出した。カケルとエンは顔を見合わせた。
「まあいいか。行こう。」

山桃の花.jpg
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