SSブログ

‐ウスキへの道‐1.森の一夜 [アスカケ第2部九重連山]

1.森の一夜
高千穂の峰で、ふるさとに別れを告げた三人は、しばらく沈黙のまま山を下った。
故郷の父や母の顔が頭にちらついて、何か言葉を発しようものなら、同時に涙が溢れてくるような気持ちだった。
登った時と同様、しばらくは溶岩原が続いたが、次第に草が生え、緑が広がり、深い森に入った。初めての森は、西の谷から続く森とは違い、木もまばらで日の光が差し込み、先々の景色も見通せる。カケルは先頭に立ち、とにかく東へ東へと向かった。陽も傾いた頃、ようやくカケルが口を開いた。
「今日は、この辺りで休もう。」
森の中は日が沈むと一気に獣たちの支配する世界に変わる。陽のあるうちに安全な場所を見つけなければならない。
「カケル、ここにしよう。」
エンが言った場所は、高い崖の下で、壁がえぐれ、小さな洞穴のようになっていた。夜露を避け、三人で休むには格好の場所だった。

「エンは、薪を頼む。俺とイツキは食べ物を探してくる。」
イツキは、森の中に入り野草を捜した。
春の森で野草を摘む事は村に居た時から得意だった。すぐに、蕨やぜんまいなどの若芽を見つけて摘んだ。タラノ芽も見つけた。森の中を流れる沢には、せりもあった。
「カケルはどこ行ったのかしら?」
カケルは、竹の林を見つけて喜んでいた。
ちょうど筍が生える季節だ。カケルは器用に土を掘り返して、手のひらほどの大きさの筍を3本掘り出した。
エンは、周囲から薪を集め積み上げ、ケスキにもらった火打石を使ってみた。火起こし棒に比べ、数回打ち合わすだけで、簡単に火がついた。
イツキは、野草と干し肉と糒を使って、雑炊のようなものを作った。カケルの採った筍は、そのまま火の中に放り込まれた。一通り外皮が焼けた頃を見計らって、取り出して割ってみると香ばしく焼けていた。三人はハウハウ言いながら、筍を頬ばった。山で冷えた体を温めるには充分であった。

日が暮れると、辺りは真っ暗になり、遠く山犬の遠吠えが響き、暗闇のあちこちを動き回る獣の気配が感じられた。高千穂の峰に登って随分疲れたのだろう。イツキは、鹿皮を身に纏うと、すぐに眠ってしまった。

「なあ、カケル。この先の道はわかるのか?」
エンが、焚き火に薪を入れながら聞いた。
「ああ・・宴の席で、父様やアラヒコ様から、ヒムカへの道を教わったんだ。・・この先しばらく東へ進むと、ユイの村がある。まずはそこまで行こう。そこからは北へ道が繋がっているらしい。」
「ユイの村か・・ナギ様やナミ様も寄ったんだったな。」
「イツキはやっぱり女だ。俺たちとは違う。ユイの村に着いたら少し体を休めたい。まだまだ道のりは遠いんだ。ゆっくり行けばいいだろう。」
「ああ・・そうだな・・・よし、じゃあ交代で眠ろう。俺が先に休んでいいか?」
「ああ・・」
エンも鹿皮を身に纏い、座ったまま眠りに落ちた。

真夜中近く、焚き火の中で、何かが弾けてパチッと音がした。
その音に、イツキが目を覚ました。
「何だ、目が覚めたのか?」
「ええ・・夕餉の後、何だか眠くってすぐに寝ちゃったみたいね・・」
しばらくイツキもカケルも、焚き火を見つめたまま黙っていた。

「ねえ・・イツキも感じた?」
「何をだ?」
「私・・森の中で、母様を感じたの・・・」
イツキは迷いながらそっと口にした。カケルも、その事をどう切り出そうかと考えあぐねていたのだった。
「ああ・・俺もだ・・イツキが感じたのは、あの風のことだろう?」
「ええ・・あの風・・懐かしい気持ち・・ふっと優しい気持ちになれた・・あれは母様よね?」
カケルは、イツキの言葉を聞いて、思い出すように言った。
「母様は言ってたんだ。・・人は死んだらどうなるかって・・人は死ぬと、体と魂とが分かれてしまう。・・体は土に還り、また命を得て生まれ変わる。・・・魂は風になって、空高く登っていくんだって・・・。きっとあの風は母様に違いない・・・。」
カケルはそう言うと、不意に涙がこぼれてきて、顔を伏せた。

母の死を確かめるために村に戻る事などできない。だが、あの風は母に間違いないという確信はあった。
眼を閉じると、村を出てくる時、大門に持たれながら見送ってくれた母ナミの姿が浮かんでくる。もう一人で立つ事など出来ないほど弱っているはずなのに、「私は大丈夫」と教えるように凛とした表情で見送ってくれた。おそらく、最後の命の火を使い切ったのだ。イツキもカケルの言葉を聞いて、涙を流した。
「大丈夫よ、母様はいつも空高くから私たちの事を見守ってくださるわ。ねえ、そうでしょ。」
「ああ、そうだな。」
二人はじっと焚き火を見つめた。
「イツキ・・・夜が開けたら、すぐに出発するよ。・・父様と母様も行ったユイの村に行こうと思う。・・まだまだ随分歩かなくちゃいけない。さあ、もうお休み。」
「うん・・」
イツキは、カケルに寄り添うようにして横になった。静かに夜が過ぎていった。

翌朝、三人がいる場所に朝日が射し始めた頃には、出発の準備をしていた。昨日摘んだ野草の残りも麻袋の中に入れた。
「さあ、いくぞ。」
しばらく歩くと森を抜けた。その先には、広い草原が広がっていた。
たけのこ.jpg
nice!(11)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 11

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0