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‐ウスキへの道‐3.森の中の老人 [アスカケ第2部九重連山]

3.森の中の老人
沢に沿って歩き始めた。沢は徐々に広がり川となっていった。
昼を過ぎた頃だった。朝、沢で見つけた煙の場所と思われる焚き火跡を川原で見つけた。やはり、誰かがここに居たようだった。魚を焼いて食べた跡が残っていた。
「エンじゃなさそうだ・・誰かが森の中にいるんだ・・」
カケルは焚き火の跡を探りながらそう言った。
「まだ、村までは随分あるでしょ?猟に来ていたのかしらね?」
「いや・・一人で猟をすることは無いはずだが・・」
そう言ってしばらく川沿いを進むと、滝になっていてその先には進めなかった。やむなく、森の中をしばらく歩くと、森の中に小さな池があり、そのほとりに、老人が座っていた。

「煙の主はあの方かな?」
二人は、老人の様子を観察していた。
その老人は、腰掛け、足を水に浸けじっと目を閉じてまったく動かなかった。何かを待っているような、眠っているような、声を掛ける事が憚られる雰囲気であった。
イツキが近づいて恐る恐る声を掛けた。
「あの・・・すみません・・お尋ねしたい事が・・」
その声に、意外と優しくその老人は応えた。
「・・こんなところで人と会うとはな・・どこから来た?・・」
「はい・・私はイツキ。ナレの村からきました。このカケルとともに、アスカケに出て、これからユイの村へ行こうと思っています。」
「ほう・・珍しい、女子でアスカケとは・・ナレの村か・・セイは元気にしておるか?」
「ええ、お元気です。・・セイ様をご存知なのですか?」
「ああ・・若い頃、ナレの村で世話になった。わしの名はゲン。ユイの村の生まれじゃ。」
カケルはその会話を聞いてから、おもむろに尋ねた。
「ここで何をしていらっしゃいますか?」
「ほう・カケルとか言ったな。良い体をしておる。力もありそうじゃなあ。・・さて、何をしておるように見えるかな?」
「先ほどから見ておりましたが・・ただ座っておられる様で・・・。」
「そうか・・・おっと・・来た来た!」
老人は、急に叫んで足を上げた。水しぶきが上がる。見ると、その老人の足先には、紐が結ばれていて、その先の水面には、魚が飛び跳ねていた。老人は、ゆっくりと紐を引き、魚を引き上げた。
「魚を釣り上げておったのじゃ。この池には魚がたくさんおる。それを捕まえるためにここにいたのじゃ。」
「足で・・」
「ああ、不思議か?・・・それはホレこの通り。」
そう言って老人は、体に巻きつけた衣服を剥ぎ取り理由を教えた。老人は、左手が肩から無かった。右手も肘辺りに火傷のような跡があり、満足に動かないようであった。
「若い頃、森で獣に襲われたんじゃ。・・いや、獣が悪いのではない。猟に出ていて、山火事にあった。逃げる最中に、熊に出くわした。火に巻かれ正気を失っておった熊はわしを見るといきなり襲い掛かってきた。その時、腕をやられてのう。幸い、命は助かったが・・これではもう量にも出れず・・・。何とかならぬかと考えて、ようやくこの方法を会得したというわけじゃ。自分の食い扶持くらいなら何とかなる程度じゃがな。」
ナレの村にも、足の不自由なお婆や、目が見えないミコトも居たが、皆で世話をしあい生きていた。
「自分の食い扶持って・・村では食べ物を分けたりしないの?」
イツキが不思議に感じて尋ねた。
「・・ああ、村か。・・・」
「もしかして、一人で暮らしているのですか?」
「・・ああ・・そうじゃ。・・・怪我をしたばかりの頃は村に居た。皆、よくしてくれた。イツキの言うように食べ物等皆が分けてくれた。」
「なら、一人で暮らさなくても・・・」
「まあ、良いじゃないか・・・それより、わしの家に来ないか。人と会話するのも滅多にないことじゃ。大きな魚も連れたことだし、一人で食べるには大きすぎる。これを食わせてやろう。・・ナレの話も聞かせておくれ。さあ・・」
老人はそう言って、立ち上がると、魚を器用に肩に掛けて先を歩いた。
池から少し山道を登ったあたりに、洞穴を使った住まいがあった。住まいの前には、竹で獣よけの囲いがあったが、あちこち傷みが出ていた。
「さあ、ここじゃ。・・どうじゃ、意外に立派な家じゃろう。さあ入れ。」
老人は、家の前にある竈の脇に魚を放り投げ、家の中に案内した。
中には寝床と囲炉裏があるだけだった。

「ユイの村まで行くには、少し遅いようだな。おぬしらの足では、村に着く前に日が沈むだろう。今日はここで休んで、明日行けばよいだろう。まあ、ゆっくりしていくが良い。」
イツキとカケルは、先に村についているはずのエンが気がかりだった。二人の到着が遅れれば、エンがきっと心配するに違いない。どうしたものかと考えていると、老人が、
「何だ。気がかりな事があるようじゃな。」
「はい・・われらより先に、ユイの村に向かった男がいます。」
「エンという者じゃろう。」
「・・エンもここに?」
「ああ・・昨日の夕方、沢近くで会ったぞ。山を下り、崖を降り、ユイの村に行くと言った。だが、随分疲れておって、ふらふらになっておったわ。どこかで転んだか、落ちたか判らぬが、足を引きずるようにしていた。しかたなく、ここで休ませてやったんじゃが、今朝早くには、出て行ったぞ。」
「それなら・・われらの事も・・」
「ああ、カケルとイツキという二人もきっとここを通るだろうからと言っておった。大丈夫じゃ、ここで休ませてやるからゆっくり行けばよいと言っておいた。心配は要らぬぞ。」
二人は、崖を下ったエンが、無事、麓近くまで降りてきたことを聞き、安堵した。
「それより、なあ、たまには旨い料理を食ってみたいのじゃ。その魚を料理してくれぬか?」
「はい、早速支度をしましょう。・・カケルは、薪を集めて来て!さあ、日が暮れる前に。」

池2.jpg
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