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‐ウスキへの道‐4.夜の帳 [アスカケ第2部九重連山]

4.夜の帳
イツキは、麻袋から野草をいくつか取り出して料理の支度を始めた。カケルは、薪集めに家の周りの森へ入った。日が落ちる頃には、すっかり準備も終わった。
魚は開いて半身は串を打ち、囲炉裏の火で焼いた。半身は、カケルが森で取ってきたホウノキの葉に、刻んだ野草とともに包んで蒸し焼きにした。
「おお、美味そうじゃないか・・いただくとしよう。・・おや、これは・・・」
老人は美味そうに一口頬張ってから不思議な顔をした。
「この味は?」
「はい、ナレを出る時、母から貰ったこれを使いました。」
イツキは懐から白い塊を取り出して見せた。
「ほう・・これは塩の塊か。そうか、ナレの村には塩があるのか?」
カケルが答えた。
「はい。長老様やミコト様達が、年に一度、南の村に行き、手に入れて来られます。」
「羨ましいものだ。・・塩があれば、食事も旨くなる。・・・。」
それを聞いて、イツキは、
「少し、お分けしましょう。今日、お世話になったお礼です。」
「そうか?すまないな。ありがたく戴く事にするよ。・・ところで、お前たち、何故、御山から降りてきた。ナレの村からなら、南の道を来ればほんの一日ほどで着くはずじゃ。」
老人は、イツキの料理を食べ満足そうな表情を浮かべて訊いた。
「・・それは・・実は・・御山に昇っていたんです。」
「ほう・・・御山になあ・・それでどうであった?」
「遠く、はるか遠くまで見えました。」
カケルは答えた。イツキが付け加える。
「頂上でニギ様の服と剣を見つけたんです。我が一族の祖、ニギ様は確かにいらしたのです。」
「方、それは凄い。ニギ様か・・・お前たち、ニギ様の話を知っておるのか。・・そうか、セイが聞かせたのだな。・・そう、ニギ様は我らの祖。ユイの村の一族の祖でもあるのだ。」
老人は、どこに隠していたのか濁酒を口にして、少し酔っていたようだった。
「え?ユイの村?」
「ああ・・昔、ユイの一族もナレの一族も一つだった。だが、二つに分かれたと聞いておる。随分と昔の話だがな。・・・・」
「どうして二つに?」
「さあ・・どうしてなのか・・・それより、お前たち、ユイの村に着いた後、どうする?」
「はい・・ヒムカの国へ行きます。」
「ヒムカの国か・・良い国だったが・・」
「あの・・ゲン様は、ヒムカの国へ行かれたことがあるのですか?」
「ああ・・ヒムカの国だけではない、その先の先まで行った。」
「ヒムカの国の向こうはどんなところなのですか?」
カケルは、身を乗り出して訊いた。
「ヒムカの国の北には、トヨという国がある。ヒムカとは違い、トヨの国は険しい山ばかりだ。高い山というのではなく、山のあちこちから煙が出ている。谷も深い。皆、険しい山の中で慎ましく暮らしておる。・・・ナレやユイの村より厳しい暮らしかも知れぬな。だが・・みな、争いも無く静かな国であることに満足しているようだった。・・そうだ、そのトヨの国には面白いところがあった。・・田の中に、湯が噴出している。それも一箇所だけではない、あちこちから湯が噴出しているところがあった。周りの村々から、病やキズを抱えた者が集まり、その湯に浸かって癒しておったな。・・お前たちも一度行ってみると良いぞ。」
「その先は、どうですか?」
「その先は、邪馬台国だ。・・・一度は入ってみたが・・随分、荒れていたな・・・戦が絶えないらしい。・・二つほど村を回ったが・・・余りの荒れ方に・・何も得るものは無いと思って、すぐに戻る事にしたのだ。・・もう邪馬台国は滅びていくだけだろう。」
老人の話に、二人は果たすべき目的の重さを改めて痛感していた。
「ヒムカの国へ行ってどうするのだ?」
カケルとイツキは少し答えに戸惑った。イツキが邪馬台国の王の末裔である事や、ヒムカの国の奥にあるウスキの話をすべきかどうか・・・。老人は、二人が答えに戸惑っている様子を見て、話を変えた。
「ヒムカの国より西、九重の御山を超えてみると良い。・・わしは話で聞いただけだが、火の国があるそうだ。大きな大きな山が火を噴いているそうだ。だが、その山の周りには、広い草原が広がっていて、馬や牛が静かに暮らしておるそうだ。田畑も広がり、人々はみな優しく、助け合って生きておるそうじゃ。ヒムカとは比べ物にならぬ良い国らしい。」
カケルは、幻の中で見た青い草原と火を噴く山、きっとその事だと思った。ウスキの村へ着いた後、火の国へ向かいたいと考えていたのだった。
「ただ・・気をつける事がある。そこは、大地の思いもよらぬところから、熱い風が吹き出すらしい。巻き込まれると大やけどをするそうだ。・・なんだか、面白そうだろ?」
イツキは、老人の話からなんだか不思議な所だと感じたが、草原のあちこちから暑い風が吹き出し、馬や牛が逃げ惑う様子を想像して可笑しくなった。
「ゲン様、これからもずっとお一人で、ここに住まわれるつもりですか?」
カケルは気になり訊ねた。
「・・ああ・・ここでの暮らしは楽ではないが、気ままに暮らせるからな・・」
「寂しくはありませんか?」
「・・ふむ・・まあ、寂しいといえば寂しいが・・まあ、時々、言葉を忘れる事はあるな・・」
「村に戻られたほうが良いのではないですか?」
その言葉にすこし老人は考えてから答えた。
「カケル、お前はアスカケとは何だと思っておる?」
「・・はい、自分の生きる意味を見つける事です。自分の役割、果たすべき事を見つける事。」
「そうだ・・わしも、ここで生きることが我がアスカケと思っておるのだ。」
「村から離れ、一人で生きることがアスカケですか?」
「よく見よ。この場所はどんなところじゃ?」
瞬く星と獣の声、それ以外にない静かな場所であった。カケルは答えに困っていた。
「よく見るのじゃ。・・ここは、獣と人の世界のちょうど真ん中なのだ。その柵の外は獣が支配する世界じゃ。ワシが片腕を失くしたのも、ここからそう遠くないところじゃ。そう、ここにワシが生きておる限り、ここより里へは獣は行かぬ。火を焚き、人の臭いを広げれば、獣も容易には近づかぬ。ワシは、何もできぬ身じゃが、ここに生きている限り、村を獣から守る事ができよう。・・それがワシのアスカケなのじゃ。」
深い森の中で生きる事で、村を守るという老人の思いは、命を削りながら笑って見送ってくれた母の思いと重なって、カケルは思わず涙を零してしまった。

阿蘇噴火2.jpg
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