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-ウスキへの道-8.鹿の命 [アスカケ第2部九重連山]

8、鹿の命
翌朝、エンとカズは、カワセの村に向うため出発した。
カケルとイツキ、フミは、橋を掛けるために御池に向った。

エンとカズは、村から東へ延びる野道を歩いた。ゆっくりとした上り坂を一つ越え、二つ目の峠に差し掛かった。
「エン様、この峠から入ったところに、沼があるそうです。鹿を仕留めるのが良いと聞きました。」
「そうか・・沼か。・・今日は空も少し曇り気味出し、風もほとんど無い。これならきっとうまくいくだろう。・・で、沼まではどうやって行く?」
カズは辺りの木を一つ一つ調べ始めた。
「・・狩りの名手、イトロ様が昔ここへ来た時、沼への入り口の印をつけたそうなのですが・・」
「いつの事だ?」
「随分前でしょう。」
「それなら、もっと上の方を探せ。長い年月で木も大きくなっている。」
そう言って、木々の上の方に視線をやると、一番下の枝に黒い縄のようなものがぶら下がっている杉の木があった。
「あれじゃないか?」
「きっとそうです。」
二人は、その杉の横に立ち、森の奥を見た。木々の間に、ぼんやりと道のようなものが続いているのが判った。その道に沿ってゆっくりと入って行った。少し入るだけで日差しが弱くなり、途中真っ暗な森になった。足元を確かめながら進むと、前方に青く光る沼のようなものが広がっていた。二人は、頭を下げて辺りを観察した。
エンが小さな声で言った。
「・・あれだな・・確かに、ここなら大物がいるかも知れないな・・。」
エンは、そっと弓を手にした。その様子を見て、カズも弓を取り出した。
「良い弓を持っているな。少し大きいようだが・・・」
「はい。昨夜、イトロ様から預かりました。自分の代わりに役立てて欲しいと言われて・・」
「そうか、ならば、大物が出てきたらしっかり狙うのだぞ。気持ちを落ち着けてゆっくり構え、力強く引くのだ。」
しばらく、二人は木の陰に潜んで、獲物が来るのを待ち構えた。
沼には、水鳥の群れが羽音を響かせて降りてきてはまた飛び去っていく。なかなか大物といえる獲物が現れなかった。風が吹き始めた。エンは風の方向を確認した。
「・・風上になってしまったな。・・ここに居ては駄目だ。風下へ移ろう。」
二人は腰を上げ、沼のほとりを出来るだけ音を立てないように対岸へ歩いた。沼を半分ほど来た時だった。がさがさっと音がした。エンがカズの頭を押し、腰をかがめるようにした。また、がさがさと音がする。エンは眼を閉じ、音のする方角を定めた。カズもエンの様子を見ながら視線をその方向に向けた。じっと目を凝らしていると、薄暗い森の中から、一頭の大鹿が現れた。見事に張った角を持ち、前足も後ろ足もパンと張っていて、立派な鹿であった。
「来たぞ。・・・」
そう小さく言って、カズに弓を構えるように指差した。
カズは、エンに言われたとおり、ゆっくりと弓を構えた。エンは脇で「まだまだ」というしぐさをしている。一歩一歩、鹿は近づいてくる。カズは弓を引いた。ギリギリという音がする。
「よし、今だ!」
その声とともに、カズが放った。ヒューっと風を切り裂いて矢が飛んでいく。ほとんど同時に、大鹿が跳ねた。放った矢は、大鹿の首元に突き刺さっている。だが、張った筋肉にわずかに刺さった程度で致命傷にはなっていない。鹿は、飛び跳ねながら森の中へ逃げ込もうとしていた。その様子を見て、すぐに、エンが追い矢を放つ。エンの矢は、大鹿の後ろ足に深く突き刺さった。鹿は、その場に倒れ込んだ。それでも鹿は何とか逃れようと必死にもがいている。エンとカズは、必死で追い、暴れる鹿のとどめを刺すために、首筋にあった矢を抜き、心臓めがけて差した。鹿は、キューンと一声啼いて果てた。

カズは本格的な狩りは初めてだった。弓を構えた後、どうやって仕留めたか、何も覚えていないほど興奮していた。落ち着いて弓を引けと言われていたが、獲物を見たときから、鼓動が高まり、構えた腕はぶるぶると震えた。仕留めた後も、カズは興奮していた。

「よくやった。見事に矢を放ったな。」
その声に、カズは我に返った。
見ると、エンは仕留めた大鹿の首筋にそっと手をあて、何か謝る様なしぐさをしている。
「エン様?」
「ああ・・命を奪ってしまったのだ。俺は、ミコト様たちと猟に出たことがあるが、ナレの村のミコト様たちは、必ず、こうやって命を奪った事を謝るんだ。自ら生きるためとは言え,殺生には変わりは無い。この鹿も、我らと会わなければまだ野山を駆けていたはずだ。弓を引くという事はそういうことなのだ。」
神妙な面持ちで、エンはそう言った。カズも鹿の横に座り、そっと首筋に手を置いた。まだ、鹿の体は生暖かく、ほんの少し前まで命があったことを教えている。カズは、その温もりを感じ、弓を引く事の重さを感じ、涙を流した。
「さあ、鹿の命を無駄にしないように、ミナカタへ運ぼう。」
木の枝に鹿の足を縛りつけ、二人で抱えて山道を運んだ。荒れた山道、一歩進むたびに、鹿を縛り付けた枝が肩に食い込み、激しい痛みがあった。しかし、村の人々の苦しみを救い、鹿の命を大切に使うために、歯を食いしばって痛みに耐えた。
日暮れ前に、何とか、カワセの村の入り口に着いた。

カワセの村は、川沿いの低い土地にあり、周りには広い葦原もあり、ナレの村やユイの村のような獣よけの策はなかった。家も、ナレやユイの村のような地面を掘り、太い柱に支えられた家屋ではなく、皆、館のような高床式の新しい作り方であった。はるかに豊かな暮らしをしている村のように思えた。

エンは、村の入り口で立ち止まり、一旦、鹿を降ろした。
「疲れただろう。」
カズは、へなへなとその場に座り込んでしまった。肩からは血が滲んでいた。
「よく辛抱したな。俺も、ほら。」
そう言うと、肩を見せた。盛り上がった筋肉が紫色になっていた。
「ちょっと村の様子を見てこよう。ここで待ってろ。」

鹿.jpg
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